ときわ旅館、磯山聖ヨハネ教会

2010-03-16(Tue)
今日の天気は、雨のち晴れだが、朝早くから日が射していた。
空に、大きな虹が見えたので、家にいるのは、もったいないと、出掛けることにした。
東の空が明るかったので、東へ向かった。

ここ、福島県は、相馬郡新地町埒木崎にある、「ときわ旅館」。
道路をはさんで、すぐ、太平洋の海が見渡せる。
ほとんど、宮城県との県境にある。

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私は、この旅館に10回以上、お世話になった。
日曜学校のキャンプ、牧師の研修会、静想会など、色々だった。
20年以上ぶりの、訪問。

この旅館に泊まりながら、海水浴に行ったり、スイカ割りをしたり、貝殻拾いをした。
あの時の子供たちの笑顔が浮かんできた。

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旅館経営者の三宅さんにお会いした。
旅館は、去年で閉館したという。
三宅さんの年齢と、後継者がいないのが理由だった。

夜、寝るとき、波の音を聞いて休んだことが、懐かしい。
旅館の周りは、田んぼや畑。
初めて、ホタルを見た感動が忘れられない。

旅館から50メートルほど離れた丘に、教会がある。

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日本聖公会 磯山聖ヨハネ教会
三宅さんの所属する教会だが、この辺鄙な田園地帯に、立派な教会がある。

磯山聖ヨハネ教会の歴史
1920年(大正9年)の夏、仙台・青葉女学院院長 アンナ・ランソン女執事が、保養のため磯山に来て、日曜学校を始めたことから始まる。1928年(昭和3年)、初めての受洗者(入会者)、1936年(昭和11年)、礼拝堂兼会館を新築、信徒数、56名、1957年(昭和32年)には、信徒総数89名を数えた。
引用:宅間六郎司祭著「日本聖公会東北教区 教会めぐり」

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三宅さんの家族や、親類、この地区のみんなが、クリスチャンになった。
農村伝道が実った、稀有(けう)の地域だ。

日照りが続いて農家が困っているときがあった。
聖職静想会があり、数日滞在していた時、当時の今井正道主教が、雨乞いの祈りを頼まれた。
主教は、天を仰ぎ、聖水を振り、熱心に祈った。
すると、遠くから雷鳴が聞こえ、間もなく、大きな雨粒が落ちてきた。

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ステンドグラスが、美しい。
もちろん、日本で作られたものではない。
祭壇、洗礼台、聖書台、オルガンなどの備品も素晴らしい。
部落の警鐘でもあった、大きな聖鐘があった。
戦時中供出され、1955年(昭和30年)、寄贈されて戻ったが、ヒビが入って音が割れていたのを思い出した。

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欄間の飾り彫りや、格子にも、味わいがある。

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会う人もなく、梅と、椿の花だけが、迎えてくれた。
歴史を感じながらも、教会建物の傷みが、少し気になった。

帰り際、今まで、お世話になった方々への感謝と、ここで出会った多くの人のため、静かに祈った。


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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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