諸橋近代美術館

2014-08-13(Wed)
義母の三回忌に合わせ、家族が福島に集まり、義母の思い出が残る、聖アンナ教会で祈りをささげた。
教会が建った20年前から、義父母はよく教会に通い、周囲の草取りをしてくれた。
礼拝後、天気が良かったので、家族を裏磐梯に案内した。
ここは、諸橋近代美術館。
サルバドール・ダリの美術館といっていいほど、素晴らしい作品が収蔵されている。
  諸橋近代美術館

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諸橋近代美術館
諸橋近代美術館(もろはしきんだいびじゅつかん)(Morohashi Museum of Modern Art)は、福島県北塩原村にある美術館。裏磐梯の五色沼近くにある美術館である。
福島県郡山市に本社を置くゼビオの創立者諸橋廷蔵のコレクションを基に、公益財団法人諸橋近代美術館が運営している。館長の諸橋英二は諸橋廷蔵の長男。登録博物館施設。
サルバドール・ダリのコレクションが充実しており約400点を所蔵する。美術館公式サイトのURLも「Dali.jp」としている。 ダリのコレクションとしてはスペイン・フィゲラス(Figueres)のダリ劇場美術館(Dali Theatre and Museum)、アメリカ・フロリダ州セントピーターズバーグのダリ美術館(Salvador Dali Museum)と並ぶ規模とされる。他に西洋近代絵画も所蔵する。
諸橋近代美術館は主にクリスティーズやサザビーズなどのオークション会場で作品収集を行っている。
 引用:Wikipedia

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サルバドール・ダリ
サルバドール・ダリ(Salvador Dalí、ダリ・デ・プブル侯爵 Marqués de Dalí de Púbol(es)、1904年5月11日 - 1989年1月23日)は、スペインの画家。シュルレアリスムの代表的な作家として知られる。フルネームはカタルーニャ語でサルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク(Salvador Domènec Felip Jacint Dalí i Domènech)。「天才」と自称して憚らず、数々の奇行や逸話が知られている。
 引用:Wikipedia

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私とダリとの出会いは、中学の美術の時間だったと思う。
不思議な絵を描く画家だという、強烈な印象と、その絵は何を表現しているのかと、興味を引かれた。
ダリの生き方、姿恰好も、一度見たら忘れられない存在だった。
でも、その絵を真似しようとか、その生き方を深く追求しないまま、今に至っていた。
今回、諸橋近代美術館でダリの作品と出会い、その生き様を垣間見て、ダリをもっと知りたくなった。

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それは、美術館学芸員の、ダリの解説から始まった。
諸橋廷蔵氏が、偶然入札して手に入れた、ダリの1枚の絵。
それが、「ビキニの3つのスフィンクス」 - 1947年 -だった。
ビキニの3つは、広島、長崎の原爆、それに、アメリカの水爆実験を表していた。
原爆の惨状にショックを受けたダリが、ダブルイメージと騙し絵風の表現で、
人間、戦争、原爆、平和の問題として描いた作品だという。
そのことを知った諸橋廷蔵氏は、ダリの作品収蔵を始めた。
ダリが今生きていれば、原発事故の福島を受けとめ、寄り添ってくれる画家だと、私は思った。
下の画像が、「ビキニの3つのスフィンクス」の絵である。
「ビキニの3つのスフィンクス」-1947-

諸橋近代美術館の建物は、ダリの奇妙な作品群と異なり、よりシンプルなイメージで、馴染めなかった。
ところが、ダリの機微とそのデリケートな感覚からは、むしろこの形態に落ち着くと、段々思えて来た。
裏磐梯の、豊かな自然の懐で、ダリの故郷・スペインからの優しい風が吹きわたる、そんな印象である。

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美術館の麓からせせらぎが、湖沼に流れ込んでいた。
その流れは、水量も豊富で、清々しかった。
お盆のこの時期にしては、人の入りは少なかった。
まだ、原発事故の風評被害が続いているのだろうか。
是非、機会があれば、一度、諸橋近代美術館を訪れる事をお勧めする。

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諸橋近代美術館を後にした私たちは、五色沼を見て、裏磐梯高原ホテルで、ティータイム。
ここから見る、磐梯山は、見事である。
まさに裏磐梯といわれる所以である、噴火で吹き飛んだ様が、はっきり見ることが出来る。

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磐梯山の噴火
磐梯山(ばんだいさん)は、福島県耶麻郡の猪苗代町・磐梯町・北塩原村の3町村にまたがる山である。会津富士(あいづふじ)、会津磐梯山(あいづばんだいさん)とも呼ばれている。日本百名山の1つ。
1888年(明治21年)7月15日の水蒸気爆発による噴火時に小磐梯が山体崩壊を起こし(麓から湧き出していた温泉により風化したのが原因と考えられている)、発生した爆風と岩屑なだれにより北麓の集落(5村11集落)が埋没するなどの被害を及ぼし477人の死者を出した。この噴火は明治になってからの近代日本初の大災害であり、政府が国を挙げて調査、救済、復旧を実施した。
噴火の1週間程度前から地鳴りなどの前兆現象があったが、当時は噴火との関連性の認識がなく対処も行われなかった。また噴火当日の午前7時頃地震が発生し、地震はその後も続いたが、午前7時45分噴火が始まり20回程度の爆発の後、小磐梯山北側の水平方向への爆発的噴火で山体崩壊が発生した。また長瀬川とその支流がせき止められ、土石流や火山泥流が下流域に被害を与えている。このせき止めにより桧原湖、小野川湖、秋元湖、五色沼をはじめ、大小さまざまな湖沼が形成された。裏磐梯の景観は、この時に形成された。
 引用:Wikipedia

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ダリに関して、私のもう一つの思いを伝える。
京都の神学校を卒業し、仙台の教会に勤務したが、当時私は、25歳のころだった。
教会の信徒家族が、アメリカを旅行し、ニューヨーク近代美術館に行った話を聞いた。
その目的は、ダリの最後の晩餐を見ることだった。
記念に求めて来た複製画を、その時、初めて見た。
衝撃的だった、なんと言葉に表していいか分からない力の漲りを、全身に感じた。
今まで知っていた、レオナルド・ダヴィンチの、最後の晩餐とは、全く異質のものであった。
絵の表現の違いではなく、キリストへのイメージが、私が知っていたものと、異なっていたのだ。
やはり、最初、違和感を感じ、それ以降、色々な機会に、この絵を見て来たが、
私は、キリスト像を一つに固定する必要はないと理解し、自分の信仰がより自由に、より力強くされ、
今ある自分を形成する大きな変換点となった、と思っている。
最後の晩餐サルバドール・ダリ1955年


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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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