3・11その時を、新地町・聖ヨハネ教会・ときわ旅館で迎える!!(3/3)

2014-03-13(Thu)
聖ヨハネ教会の敷地跡から、海岸方面を見た。
テトラポットを運ぶトラックが、休みなしに行き来していた。
復興の状態は、前来た時より、道路が走りやすいこと、見通しが良くなったことがあるが、
余りにも広いエリアなので、前に来た時から10カ月近くなるが、大きな変化は感じられなかった。
ここからも、新地発電所が見える。

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教会跡地から下ると、花が添えてあった。
線香も手向けてあり、ここでお参りしたようだ。
そういえば、教会敷地にも、二つの花束が置いてあった。
この地区で亡くなられた方は、三宅さんご家族の3人だけ。
そのご関係の方が、来て行かれたのかもしれない。

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ときわ旅館の跡地に、また来た。
何の変化もなかった。
溜まり水の量も、変わりなかった。
午後2時46分の震災の起きた時間が近づいたので、跡地まで行こうとしたら、人影が見えた。
男性、2人だった。
そばに行って、「ときわ旅館の関係者ですか」と、お聞きしたら、
私の知っている、郡山市の信徒の息子さん、橋本さんと、一緒に来た大学生、太田さんだった。

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震災の時間、新地町役場からサイレンが鳴ったので、1分間の黙祷をした。
橋本さんは、フリーのカメラマン。
よく、ときわ旅館に泊まりに来て、海で見る日の出が好きだった。
その時、三宅さんが、優しく起しに来てくれたことを思い出す。
だから、どうしても今日は、この場所で、三宅さんを偲びたかったと話した。

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東日本大震災から3年が経ち、自分なりにこの現実を受け止めようと思った。
そして、出来るだけ、その思いを人に伝えようと思った。
何をどう伝えるか、それは簡単にまとめきれないが、あえてそれを言えば、
人間のおごりを戒め、全てのものに対し、謙遜の心を忘るべからずということだ。
海のそばに住むこと、私はいつも、不安に思っていた。
これは、崖の上や下に住むことにも通じる。
科学は、人間の謙遜さがあってこそ、成り立つ。
科学が絶対正しいとする信仰は、人間を破滅に追いやる。
それらは、全て歴史を通じて、学ぶべしだ。
どこかで原発事故が起きた時から、事故は、必ず起きるものと、その備えをしなければならなかった。
しかし、おごりの心から脱することが出来ず、謙虚さを見失った。
3年前の震災、原発事故により、大きな犠牲を払った。
だから、その事実をしっかと覚え、語り伝え、同じ過ちを二度と繰り返さぬよう、生きて行く。
犠牲者のためにも、避難者のためにも、被災者のためにも、そして、自分自身のためにも。

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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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