3・11その時を、新地町・聖ヨハネ教会・ときわ旅館で迎える!!(1/3)

2014-03-11(Tue)
今日は、東日本大震災の日。
去年から、この日を、新地町で迎えようと、決めていた。
福島は、朝から、雪が舞い、少し白くなった。
浜通りの天気予報は、晴れだったので、心配しないで、出かけた。
最初に、新地駅を訪ねた。
トイレが潰れ、通信配線室も、形を残すだけになっていた。

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新地町に、昼前に入り、午後1時過ぎ、新地駅に着いた。
去年6月3日に来た時は、道に迷い、新地駅に辿り着くことが出来なかったが、
今日は、復興工事が進み、道路に石が敷かれ、駅まで行くことが出来た。
周りでは、何台ものダンプカー、トラック、クレーン車が動いていた。
電車の残骸となる、吊皮が残されていた。

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津波が新地駅を襲った時、電車が止まっていたが、
乗客の中に、警察官2名がおられ、迅速かつ的確な誘導で難を逃れ、乗客に犠牲者はでなかった。
頑丈なコンクリート電柱が、へし折られ、転がっていた。
津波の恐ろしさが、ありありと伝わって来た。

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小さな駅舎からプラットホームに入ると、すぐ、渡り階段があった。
福島から行く時は、東北本線下りで岩沼で乗り換え、常磐線上りで新地駅に着く。
必ず、駅舎の反対側に止まるので、その渡り階段を登って駅舎に下りた。
今は、渡り階段の基礎を残すばかりで、面影は見られない。
遠くで、盛り土による、地盤のかさ上げ工事が盛んに行われていた。

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南の方角を見る。
相馬、いわき市平方面だ。
どう見ても、線路も架線もないから、鉄道があったとは、想像がつかない。
煙突から水蒸気を出しているのが、新地発電所。
東北電力と東京電力が出資した相馬共同火力発電株式会社が運営する、石炭火力発電所だ。
震災により、発電が停止したが、2011年12月には、1号、2号とも、運転を再開した。

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北の方角を見る。
小高く見える林付近は、もう宮城県。
その麓に、聖ヨハネ教会、ときわ旅館があった。
今は、茶色の土が広がっているが、震災前までは、海岸沿いに、美しい松林が続いていた。
感傷に耽っていると、突然、空から大きな爆音が聞こえ、我に帰った。

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旅客機が、雲の間から降りて来た。
飛行機は、ボーイング767-300 大阪・伊丹空港発、仙台空港着、ANA735便だった。
何度も、新地に来ているが、こんなに低く飛行するのを見たことがない。
もしかしてだが、震災の日、機長が乗客に被災地を見せようと、いつもより低く飛行したかもしれない。

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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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