NHK「八重の桜」、いよいよ最終回!!

2013-12-12(Thu)
今朝は明るく、晴れ間が見られたが、午前10時半過ぎ、
近くの山が見えなくなったと思ったら、横殴りの激しい雪が降り始めた。
この雪は、長くは続かなかったが、やっと、冬が来たと思った。
今年の初雪は早かったので、いつ大雪になってもいいように、用意万端整えていたが、
12月になっても、暖かな日が続き、ちょっと、間延びした冬と感じていた。
明日から、寒気が日本列島を南下し、日本海側、北日本では、本格的な雪降りとなる。

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今年も、残り少なくなった。
いつも楽しみに見ていた、「八重の桜」も、来週15日で、最終回を迎える。
1月6日から始まり、最終回は、第50回となる。
私は、最近、テレビドラマを見ない。
NHKの大河ドラマなど、ほとんど見ない。
連続テレビ小説「あまちゃん」が話題になった今年だが、私には、関係なかった。
でも、「八重の桜」は、違っていた。
今までの49回、全てを見た。

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「八重の桜」に惹かれる理由は、いくつもある。
その一つは、このドラマの舞台となった、会津と京都である。
学生時代、会津若松に2年住み、その後、京都に3年住んだ。
鶴ヶ城には、ほぼ毎日通っていたし、白虎隊自刃の地は、我が家の庭のように親しんでいた。
京都は、御所の西、上京区烏丸通下立上るの神学校の寮に住み、
ドラマに出てきた禁門の変(1864年8月20日)の、蛤御門は、目の前にあった。
同志社大学で講義していたアメリカ人宣教師から学んでいたので、何度も同志社の宿舎を訪ねた。
自分が住み、学んだ地でのドラマだったから、思い出とオーバーラップし、懐かしかった。

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二つ目は、そこでの歴史についてだ。
神学校近くにあった、聖アグネス教会にも、よく行っていたが、
その教会の墓地礼拝があるからと、誘われた。
それは、京都の東の山、若王子にあった。
教会に関係する方々のお墓があった。
かつて仙台にあった青葉女学院(聖公会の婦人伝道師、保育者の養成学校)を卒業された、
年配のご婦人が、東北から来た私に、墓地に安置されている方々とその歴史を詳しく説明してくれた。
今思うと、それが、新島襄と八重のお墓だった。

平安神宮北東にあった聖マリア教会にもいた。
1年間、毎週通った牧会実習の教会であった。
教会の青年仲間と近くのお寺に行くと、「京都会津会」と、大きく書かれた看板が出ていた。
「京都会津会とは、何の会だろう」と、不思議に思い、記憶に残っていた。
その時、会津と京都の関係する歴史を知らなかったから、その歴史的意味を想像すらできなかった。
そこは、黒谷町の金戒光明寺で、会津藩主・松平 容保(まつだいら かたもり)が、
1862年9月24日に京都守護職に就任した、本陣であった。
「京都会津会」は、毎年、金戒光明寺の隣にある、西雲院において、総会と法要が開かれていると、後で知った。
法要は、文久、元治、慶應年間の、京都方面に於ける会津藩の戦病死者と、鳥羽伏見の戦死者の慰霊である。
私は、このドラマを通して、会津と京都の歴史を、ありありと知らされた。

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最後は、やはり、キリスト教についてだ。
ミッションスクールの同志社大学を、NHKはどこまで、ドラマ化して、見せてくれるか、関心があった。
そして、このドラマを見て、ここまで、キリスト教について、放映してくれるかと、驚いている。
全国でのドラマの視聴率は、そう高くはないものの、教会関係者には、好印象ではなかったかと思う。

私は、牧師として、聖書の言葉がどう使われるか、興味があった。
新島襄が、臨終を迎える時、教え子の牧師に、聖書を読んでもらう場面があった。
その御言葉は、

「わたしは、神の力がわたしに働いて、自分に与えられた神の恵みの賜物により、福音の僕とされたのである。
すなわち、聖徒たちのうちで最も小さい者であるわたしにこの恵みが与えられたが、それは、キリストの無尽蔵の富を異邦人に宣べ伝え、更にまた、万物の造り主である神の中に世々隠されていた奥義にあずかる務がどんなものであるかを、明らかに示すためである。
それは今、天上にあるもろもろの支配や権威が、教会をとおして、神の多種多様な知恵を知るに至るためであって、わたしたちの主キリスト・イエスにあって実現された神の永遠の目的にそうものである。
この主キリストにあって、わたしたちは、彼に対する信仰によって、確信をもって大胆に神に近づくことができるのである。
だから、あなたがたのためにわたしが受けている患難を見て、落胆しないでいてもらいたい。
わたしの患難は、あなたがたの光栄なのである。」(新約聖書・エペソ書 3:7-13)
新島襄は、同志社大学設立を目前にして倒れた自分を思い、そこから、その希望を、夢を、八重と自分の子供とした教え子たちに、託した。

さらに、山本覚馬が、卒業式で述べた、聖書の御言葉は、

「彼はもろもろの国のあいだにさばきを行い、多くの民のために仲裁に立たれる。
こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、そのやりを打ちかえて、かまとし、国は国にむかって、つるぎをあげず、彼らはもはや戦いのことを学ばない。」(旧約聖書・イザヤ書 2:4)
武士であり、銃を武器に戦うことを仕事とした山本覚馬は、これからの武器は、学問であり、それを持って戦うことを薦め、まさに始まらんとする、日清戦争を非難した。

まだ、最終回が残っているが、新島襄と八重、それに、関わった人々を思う時、
神が、歴史を通して、いかに関わって来られたかを知らされ、
改めて、神への感謝と、さらなる導きを祈り、
今以上に、神の働きを証ししていかねばと、決断した。

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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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