ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その15
2012-03-06(Tue)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念
ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩
その15(15/15)
寺尾は、すっかり老人の弟子になっていた。老人を見る寺尾の目は、尊敬の念と、より教えを請う、修行僧の目になっていた。
「なんか、今までの、わたしの知っていた神の理解より、もっと、身近に、しかも、大きく、強い神として感じられるようになりました。
わたしは、父の面影を求めて、教会に行き、父と出会えた喜びで、信仰に入りました。さらに、父との関係を、より深められる思いで、神学校に進みました。ところが、神学校では、自分の淡い父への感傷と、単純な神への信仰は、一気に打ち崩され、信仰が分解され、より客観的に、より論理的に、信仰を見極めることが求められました。
『そんな理解では、信仰を人に伝えられないぞ』、『そう信ずる根拠は、どこにあるんだ』、『君の言いたいことは、聖書のどこに載っているんだ』と、いつも、教授から詰問されました。
そうして神学書を読み、注解書を紐解き、教授や神学生と議論を重ねていくうち、自分の信仰は、キリスト教として、より普遍的になりましたが、逆に父との関係は薄れ、牧師として、人に教えるための、教義となりました。神についての知識は、豊かになり、正統な信仰となりましたが、神と自分との関係をより深められず、それが今まで続いたと思います。ご主人の話を聞いて、今まで、わたしの中でばらばらになっていた信仰が、やっと一つになったように思います」
「それは、良かった。それを聞いて、話した甲斐があったね。わたしも嬉しいよ。これからも、あなたは、今の仕事を続けていくだろう。たとえどの道を、あなたが選ぶとも、神は、あなたを赦しておられる。あなたが、神と共に歩みたいという、今の気持ちが続く限り、神は、あなたを守り続けてくださる。それを強く感じるよ」
雲が厚くなってきた。空の光は遮られ、いつもの時間より、早く暗くなったと感じた。外を見ると、雨が降っていた。にわか雨だった。いつまでも降り続く気配はなかったが、寺尾は、老人の帰りを心配して言った。
「雨が降ってきましたね。傘はありますか。今、用意してきます」
寺尾は、傘を取りに管理棟に向かった。空を見上げると、日が傾きかけていたが、西の空に、青空が見えていた。
「大した雨ではないな。この雨は、すぐ止むだろう」
寺尾はそう、確認しながら、傘を持って、教会に戻った。老人は、礼拝堂入口の前室にいると思っていたら、いなかった。礼拝堂の中で、待っているのかと思ったが、そこにも見当たらなかった。
「ああ、傘を探しているうちに、管理棟のトイレにでも行かれたのか」
と思い、管理棟に戻ってスタッフに聞くと、来ていないと言う。もう雨が小降りになったので、教会の外にいるのかと思い、外を見渡しても、いなかった。寺尾は、もう一度、礼拝堂の中に入り、今まで話していたベンチに行くと、やはり、そこにもいなかった。
すると、そこに何か紙袋のようなものが置いてあるのを見つけた。それは、どこにでもある、茶封筒だった。封はしておらず、すぐ開けられる状態だった。持ってみると、何かが入っている重さを感じた。そっと、中を覗くと、人形のようなものが入っていた。
「あの老人が忘れたのかな」
と、中身を確かめるため、袋の外に出してみると、小さな起き上がり小法師が、二個入っていた。
「老人は、どこかの土産店で買ってきたのだろうか」
よく見ると、その起き上がり小法師は、新品でなかった。色褪せて少し汚れがあり、使い馴染んだ小法師だった。
その時、寺尾の身体に、電気のような、痺れのショックが走った。
「これは、わたしの父が作ったものに似ている」
そう思った瞬間、今度は、胸がドキドキと激しく打ち、手足が震えてきた。
「えっ、あの方は、誰だったんだ!」
寺尾は、そう言うか言わないうちに、教会の外に走り出て、老人を本気で探した。教会入口まで追いかけたが、もうどこにも、その老人らしき人は見えなかった。
雨上がりの雲の隙間からこぼれた光の中で、背中に明かりを感じた。後ろを振り向くと、それは、眩しいばかりの虹だった。
旧約聖書の創世記にあるノアの方舟の記事によれば(創世記九・十三‐十七)、虹は、神との約束を意味した。それは、ノアと残された者への、平和のシンボルとして与えられた、神からの印であった。
老人と、父の起き上がり小法師、そして、神の約束の虹。寺尾は、その時、最上の幸せを感じた。
教会に一台の車が入ってきた。朋恵が、迎えに来たのだ。
「もう、一日が終わるのか。なんと短く感じられた一日だったろう。なんと不思議な一日だったことか」
寺尾は、虹を見ながら、今日一日を振り返っていた。
何も知らない朋恵が、車から下り来て、言った。
「何してたの?。来る途中、急に激しく雨が降ってね。前が見えなくて、大変だったんだから。もう、帰れるの?」
「間も無く、帰るよ。来る時、虹が出ているのに気づかなかった?今、すごく綺麗で、見とれていたんだ」
「虹が見えてたの?。雨が降った後、すぐ日が射して来たから、虹が見えるかなと思ったけど、わたしの後側だから、確かめることも出来なかったわ」
「見て。ほら、あそこに、まだ、虹が見える。見える?」
「わあ、綺麗!、見える。見える。あんなに大きな虹、見たことがないわ。しっかり、両端が、地面から伸びている」
「そうだね。今日の虹は、特別だ。特別な虹だから、最高なんだ」
「ねえ、ねえ、どうして、特別なの?なぜ、最高なの?」
「見ればわかるだろう。あんなに大きな虹は、普通見られないよ。だから、最高なのさ。きっと、いいことあるよ。きっとね」
朋恵は、満面の笑みで言った。
「本当に?いいことなら、一杯、あるといいな。一杯ね」
寺尾と朋恵は、家路についた。二人の進行方向に、まだ、虹が見えていた。空にかかる虹は、濡れた路面に映り、虹の輪の中を走り抜けるように思えた。車の後部座席から、車が揺れるたび
「カチャ、カチャ」
という、音が聞こえた。
寺尾には懐かしい、起き上がり小法師の音だった。
了


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