ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その13

2012-03-03(Sat)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念

ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩

その13(13/15)


 老人は、黙って、寺尾の話を聞いていた。礼拝堂内から、半開きした古い扉越しに見える杉林に、西に傾いた日の光が、雲の切れ間から光の筋となって届き、そこだけ黄金に輝いていた。
 老人は、ベンチに座る姿勢を変えながら、話し始めた。
「あなたは、色々と頑張ってきたんだね。その生き様が、あなたを生かし、あなたは、守られてきた」
「不思議です。こんなにも話を聞いて頂けて。今まで、こんなに話す機会は、ありませんでしたから」
「ところで、わたしも、一つだけ話をさせてもらっても、いいかね」
 寺尾は、突然の老人の申し出に、何のことかと、興味を抱いた。老人は、笑みを見せながら、寺尾をじっと見つめ、話を始めた。
「今、あなたの話を聞いて、本当は自分のことが話されているかと思うほど、よく分かったんだよ。まだ、わたしからは話してなかったが、わたしが教会へ行く切っ掛けは、病気をしてね。入退院の繰り返しが、そう、二十代の終わり頃、続いたんだ。わたしは、そのため、人生に対し失望しかけ、孤独だった。その時、何かの雑誌だったか、新聞だったか、聖書についての記事があり、それを読んだとき、一度、聖書を読んでみようと思ったのさ。まもなく聖書を求めて、読み始めた。初めは、何が書いてあるのか、さっぱり解からなかった。それで教会へ行き、牧師先生から聖書の話を聞いた。聖書を学ぶうち、身体の具合が悪かったこともあったが、聖書の教えが心に染み透り、孤独からの解放を肌で感じながら、洗礼を受けたんだ」
「そんな時が、あったのですか」
「そう、もう五十年も前の話さ。そんなわたしが、あなたからの話を聞いて、強く思い出したのはね。旧約聖書の、ヨブ記のことなんだ。わたしは、ヨブ記が好きで、何度も何度も読んだ。あなたは、勉強しているからよく知っていると思うがね。
 ヨブは、信仰深く、神と共に歩み、神の前で正しく生活していたから、富にも、家族にも恵まれていた。ところが、サタンが、ヨブを試そうと、富も、家族も奪い取り、更にヨブに、重い皮膚病まで起こさせ、神との関係を絶とうとした。しかし、ヨブは、
   『わたしは、裸で母の胎を出た。
また、裸でかしこに帰ろう。
主が与え、主が取られたのだ。
主のみ名は、ほむべきかな』(旧約聖書・ヨブ記・一・二十一)
と、言って、罪を犯さず、神との関係を守り続けた。
 さらに、友人三人が来て、ヨブの現状を嘆き、それは罪の結果であるから、神に懺悔するよう強く迫った。しかし、ヨブは、神との関係では、決して罪を犯していないと主張し、
   『われわれは、神から幸いを受けるのだから、
災いをも受けるべきではないか』(旧約聖書・ヨブ記・二・十)
と述べ、決して神を裏切らず、その上、神との直接の対話を求め、そして、神に祝福された。最後は、神から再び富と家族が与えられ、幸せな余生を送ったとある。
 このヨブ記は、因果応報的に、神への強い信仰を持ち続けるなら、必ず、その見返りがあるとの教えが見え隠れはするが、しかし、神が、ヨブ記を通して伝えたかったのは、孤独と苦しみの中に、なおも、神を追い求めるヨブの正しさ、神への義であり、さらに、神と自分との関係を深めていこうとするヨブの姿だった」
「それは、どういうことですか」
「これは、わたしの今までの経験から話せることだが、あなたは、教会や教区を離れたことで、神から何か罰が与えられるかも知れない、そんな不安の中に、いつもいる。でも、神は、決してそんなことはなさらないのに、あなたは、今の自分の仕事に対し、神からどう思われているか、自信がない」
 寺尾は、老人が、意外にも適切な聖書の解説をし、さらに寺尾のことに触れてきたので、自分を見透かされたと思い、向きになって、
「いや、そんな風には思ってはいません。さっきも話したように、わたしは、神の意志に反して、今の仕事をしたくはなかった。神の喜ばれる仕事をしたい。それだけなのです。だから、もし神が受け入れてくださらないのであれば、わたしは神に逆らうことになる。それはしたくないのです」
 老人は、寺尾の気持ちを受け止め、寺尾を優しく見つめながら、話を続けた。
「何か病気になった人というのは、神から罰を受けて、病気になったのだろうか。もしそうだとすれば、神が罰として与えた病気に対し、わたしたちが神から救いや癒しを求めることは、ありえない。たとえ、神から離れていようと、神を知り得なくても、それが理由で、病気や不幸は起きない。むしろ、神は、病気の時こそ、わたしたちの傍に来て、病気を癒し、慰め、その孤独や不幸に、立ち向かう勇気を与えて下さる」
「その通りです」
「あなたが、いつも、神と一緒にいたい気持ちは、よく分かった。でも、あなたが思っている神が、神そのものと誤解している。神は、あなたの理解を超えている。あなたのイメージに組み込まれるほど、神は小さくない。あなたが、神を求めていることは、よく理解できる。でも、神の答えは、必ずしも、あなたの望む形で答えてくれるとは限らないんだ。いや、まったく、あなたの思いと逆の答えが、あなたのためになされることもある。神は、自由だから、神は思いのままに、あなたの傍に居て、あなたを守って下さる」
「わたしは、間違って、神を理解していたのでしょうか」
「そう言っているのではないよ。もっと、神との関係に自信を持ちなさい。あなたは、これから、まだまだ、色々な障害を乗り越えることになる。わたしより、ずっと若いのだから。でも様々な困難は、決して神があなたを苦しめるためになさってはおられない。むしろ、厳しい状況の中にあっても、神はあなたを強めながら、もっともっと、神との絆を深めることを、神は望んでおられるはずだよ」


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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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