ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その12
2012-03-01(Thu)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念
ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩
その12(12/15)
季節は、婚礼の多い秋に入った。寺尾はいつものように、結婚式で挙式者に向かい、祝福の祈りをささげていた。そして、最後に、アーメンと唱え、祈りは終わる。このとき、寺尾は、始め違和感があった。口に言葉が乗らないのか、「ア」という言葉が、喉の奥にひっかかり、最初、スムーズに出ない感じがした。「ッアーメン」とか、 「ゥッアーメン」とか、一呼吸、こもるのだ。寺尾は、何故だろうと気になった。それが始まりだった。
祈りは、寺尾の生活であり、大事な責務だった。その祈りを、最後にアーメンと唱え、「神に、この祈りが聞き届けられますように」と、お願いをする。会衆も、それに続いて、アーメンと唱え、「そのようになりますように」と、賛同する。その最初の、アーメンが言えないのでは、祈りに力が無くなる。そして、気にすればするほど、アーメンが引っかかり、うまく言えなくなった。そして、祈れない心の動揺が、寺尾を襲い始めた。
その原因を、寺尾は考えた。思いつくことは、寺尾が事故を起こしたとき、
「何故、事故を起こしてしまったのか」と、自分を責め、
「神は、わたしの仕事を認めておらず、自分への罰として、事故を起こさせたのだろうか」と、今までの自信を失い、そして、「今の仕事を、神は、許してはおられないのか」という、いつも心の隅にある葛藤に火を付けてしまった。事故処理が、一段落し、心に余裕ができた、その隙間に、悶々と悩む苦しみが、寺尾の中で再燃した。
「アーメンが唱えられない牧師が、いるだろうか」
寺尾は、毎日、「アーメン」が、きれいに唱えられるよう、礼拝堂で練習し、祈った。寺尾の思いは、今の状況をどうにかして変え、心から祈り、挙式者の幸せを強く願いたかった。その祈りは、半年以上続き、また不安を感じながらの、挙式が続いた。
寺尾は、繰り返し思った。
「あの事故がなければ、この不安を味わうことはなかったのに。もっと気をつけて運転していれば、人に怪我させず、自分もこんなに苦しまずに済んだのに」
そう後悔しながら、寺尾は、ひとつ、思い当たることに気付いた。
寺尾は、事故の起こる二ヶ月前、一つの夢を見た。普段、夢を見ることもなく、ぐっすり寝ているのに、その時だけ、はっきりと覚えていた。それは、全く事故と同じ老女が、寺尾の運転する車の前を右側から自転車で横切り、寺尾がはねてしまう場面だった。寺尾は、変な夢だと思いつつ、そのまま忘れていた。ところが事故の起こる一週間前、全く同じ夢を見た。その時も、嫌な夢の繰り返しか、としか思わなかった。
事故後、それに思い巡らす余裕はなかったが、苦しい心境の中、この夢を思い出した。
「神は、前もって、わたしに事故の起きることを知らせておられた」
「神の知っておられた事故である以上、神は、わたしに何かメッセージを託しておられたに違いない」
寺尾は、この夢解きをしたとき、神から見放されたと思った自分を、逆に、神は、自分を更に用いてくださる可能性を感じた。そう思ったとき、寺尾の体全身に熱い血が流れた。
「神は、わたしを見放されなかった」
寺尾は、身体にみなぎる自信と勇気を感じた。
「苦しくても、辛くても、そこに意味がある。神は、わたしをよくご存知だ。わたしは、いつも、一人ではない。どんなときも、神は、わたしと一緒におられる」
その時から、発声練習をやめた。挙式の時、「あるがままに祈ればいい」と思った。
「もし、それで不安なら、別な道があるだろう。出来ないことに心を奪われ、他のことまで出来なくしてはいけない。神は、自分の事、全てをご存知なのだから、何も誤魔化さなくてもいい。出来なければ、出来ないようにすればいい」
心が、軽くなり、自然に唱えられるアーメンが、寺尾に戻った。


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