ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その9

2012-02-25(Sat)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念

ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩

その9(9/15)


「わたしは気づかされた。お前の感情論というのもそうだ。なぜ自分の感情に正直になってはいけないのか。教区長が間違っていると思ったら、なぜそれを言ってはいけないのか。教区長は、神なのか。今、教区から離れ、色々と見えてきた。自分の心、信仰、家族を思う愛情、もっともっと、人との温もりを大切にすること、優しさ、思い遣り、極々、当たり前の平凡な生活を、あるがままに生きること。今まで、教区の命じるまま、教区長の指し示す、その方向だけが、自分の道だった。それに付随して、自分があり、家族があった。それはそれで良かったのかも知れない。
 けれども、今は違う。今は、自分で生きている。日々、自分があらゆるものと戦って生きている。組織の後ろ楯も、教区と言う名の乗物も、教区長命令と言う名のエネルギーも、今のわたしには、無い。教区から離れたとき、一番感じたことは、どこにも所属していないという不安だった。しかし、その糸の切れた凧のようなわたしは、必死で、本当の信仰をつかむチャンスを得た。家族の支えの大切さも知った。わたしの周りに誰もいなくなり、本当にわたしを必要とする人だけが残った。
 教会に住んでいたとき、贅沢とは無縁だったが恵まれていた。家賃、水道光熱費、ガソリン代、電話代も、教会で負担していたから、経済的に苦労することはなかった。今は、当時の給料よりも、多く頂いているが、それなのに、日々の暮らしの経費は、かかりっぱなしだ。このまま、やっていけるのか、生活の不安は、全然違っている。でも、それが生活というものだ。家内といつも、やりくりの話ばかりだ。お金が無い、もっと、お金がほしい。そんな物欲しそうな毎日、それが生活なんだ。
 そう思っても、神は、決して、わたしたちを責めることはない。これは人間として、とても大切なことだ。神は、このことも、わたしに気づいて欲しかったと思う。「明日のことを思い煩うな」と、キリストは、そうわたしたちに教えた。でも、明日のことを考えることもしなかったから、思い煩う気持ちが分からなかった。今は違う。毎日、明日も元気に働けるのか、心配の連続だ。それが人間と言うものだ。だから、キリストは、わたしたちにあの福音を伝えてくれた。生きることは、苦しいことだ。大変なことだ。だからキリストの言葉に励まされ、勇気づけられる。そのことが、今まで、知らなかった。知ろうともしなかったんだ。早坂、そう、思わないか」

 早坂は、寺尾が食い入るように話しかけてきたので、後ずさりしながら
「お前の言う事に説得力があることは、認めるよ。でも、それが、なぜ、今の教会でなければならないんだ。その思いがあるなら、何も教区の中で、その思いを実践したっていいじゃないか」
「わたしの教会は、ただ結婚式をしているだけの教会と思っているのか。もちろん、結婚式で運営されているのは、確かだ。でも、ここには、今まで、教会には入れなかった人が、どんどん来ているんだ。一般の教会は、礼拝、祈祷会、聖書研究、日曜学校など、何か目的を持たないと、入りづらい。でもここは違う。誰でも、何の理由もなく、ただ入りたいと思えば、中に入れる。服装も気にせず、献金もない。だからゆったりとベンチに座り、ステンドグラスの色に自分を染めながら、安らかな気持ちになれる。ここには押し付ける説教も、意味の分からない祈りも、慣れない祈る姿勢もいらない。教会に行ってみたいと思ったら、一声かければ、中に入れる。お前は、洗礼を授け、教会統計の所属信徒の数を増やすことが、宣教と思っているかも知れない。でも、神は、神の心を感じる人がいれば、その人を受け入れておられる。教会に所属しようと、まったく教会から離れ、聖書の言葉一つ知らなくても、神の心を受け入れる人は、その人の意図に拘らず、神の家族に迎えられる。毎週日曜日、教会に来ている人だけが、神の家族ではない」

「君は、何を言ってるんだ!」
 早坂は、大きな声を上げた。明らかに、感情的になっていた。
「君は、そこまで、成り下がってしまったのか。君の論理で行けば、教区と言う組織は成り立たない。そればかりか、キリスト教と言う組織さえも成り立たない。誰でも、好きなようにしていったら、誰がそれを取りまとめていくのか」
「組織か。君も、それが大事か。まあ、君の立場からすれば、当たり前のことかも知れない。組織を守るため、組織に背くものは、糾弾される。わたしは、組織に背く張本人だ。異動に従わないものは、それだ。組織に属するものは、その組織によって守られるがゆえに、その組織に背くことが出来ない。それは理に適っている。君も、その組織の一員として、そうわたしに述べているのだろう。
 でも、キリストにとって、組織とは何なんだ。キリストは、お前の属する組織を作るために、福音を述べ伝えたのか。むしろ、キリストさえ、ユダヤの組織から糾弾されて、十字架に磔にされたのではなかったのか。キリストが福音を述べ伝えたかった人々こそ、組織から顧みられなかった人たちではなかったのか。その人々こそ、神の国に一番近いと言われたのではなかったのか。キリストの弟子たちも、そのように生き、聖ペテロも、聖パウロも、そのようにキリストに従ったからこそ、殉教し、その教えが、わたしたちに伝えられ、心を打つのではないのか。
 もちろん、初代教会から組織は始まった。でもそれは、組織を守るための組織ではなく、キリストの福音を伝えるために必要な組織であったはずだ。何のための組織か、何のための教区か。福音を非難し、キリストを否定するなら、わたしだって、それに対しては戦い、福音を守るため、一つとなって組織を固める。わたしは、教区の組織の論理から言えば、何も言えない立場だ。でも、キリストの福音の立場に立つなら、わたしは、君に対等にものが言える。わたしの拠所は、キリストしかないのだから。キリストと共に生きること以外に、わたしの道はないのだから。君は、わたしの立場を認めず、受け入れ難いかも知れない。でも、神学校で君と激論したときの立場と、今のわたしは、何一つ変わってはいないんだ」

 寺尾は、早坂の顔を窺うように見た。しばらく、沈黙の風が流れた。そして、早坂は、顎ひげをさすり、急勾配に迫り出す、切妻の棟に吊り下げられた、古いシャンデリアを見上げながら、口を開いた。
「寺尾、お前の言わんとしていることは、よく分かった。しかし、僕とお前とは、もう立場が違っている。で、お前は、本当に今の仕事に満足しているのか」
「早坂、よく聞いてくれた。お前がそう聞いてくれるのを待っていた。わたしは、今、全てを受け入れ、満たされている。将来に対しても、不安は無い。明日への思い煩いが、決して今の自分を縛ることではないと分かったんだ。
 苦しみながら教区を離れたことで、今まで考えてこなかったこと、気づかなかったことが、一杯出てきた。わたしは、そのことに焦り、どう解決していいか分からなかった。体調も、変化した。身体の不具合から来る不安は、自分の死を予感し、死に対する恐怖、それは、死ぬことへの恐れという意味ではなく、自分が死んだら、残された家内、息子の将来はどうなるのかという心配が、より自分の死を具体的に考えるようになった。わたしの父も、早く亡くなり、家族が苦労したからね。今、こうして生きていることは、結果として、自分を強くしてきた。いや、強められてきた。だから、全ての事に、なんら不安や、不満はないんだ。もし不安が出てきたら、同じように、ゆっくりでいいから、一つ一つ解決していけばいい、ただ、それだけだ」
「お前は、何を思いながら、それらを乗り越えてきたんだ」
「そう、いつも意識していること。それは、神は、決して、自分を見放しはしないということ。どんなに苦しいときでも、その時、キリストの苦しみ、キリストの十字架に置き換えたんだ。キリストは、キリストご自身の罪のためでなく、わたしのために十字架で苦しみを受け、身代わりになって、死なれた。それは、わたしにとって、とても重い。キリストの死は、わたしの父の死と重なり、それを大切にしてきた。キリストの十字架の死は、わたしを生かし、わたしを守ってくれた。わたしは、そう思いながら、全ての苦労や辛いことを、受け入れてきた。それが、キリストに守られていると云うことなんだろうね」


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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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