ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その8

2012-02-23(Thu)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念

ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩

その8(8/15)


 ある日の午後、寺尾が、執務室に入ろうとすると、礼拝堂に人が見えた。
「観光客が、礼拝堂に入って来たのかな」と、見ていると、その人は、すたすたと、祭壇まで上がって行き、そして、ステンドグラスを見上げていた。
寺尾は、「そこには、上がれませんよ」と、声をかけた。
 その人は、意に介せず、そのまま、ステンドグラスを見ていた。寺尾は、傍に行くと、男性で、口髭を生やし、ポロシャツで、カジュアルな服装だった。
「もし、もし、ここは、・・・」
 と、寺尾は、もう一度、声をかけると、その男は、ニヤリと、寺尾を見返した。
「えっ、あなたは、・・・、いや、お前は、早坂か」
「ヤアー、久しぶりだね」と、返事が返ってきた。
「なんで、今、ここにいる?」
 寺尾は、まだ、早坂の存在が信じられず、どう受けとめていいのか、分からなかった。早坂剛志、寺尾の親友だった。東京出身の早坂とは、京都の神学校が一緒で、三年間のうち、一年半ほど、同じ部屋で過ごした。早坂も、牧師をしているが、神学校を卒業してから、寺尾は、一度も会っていなかった。
 早坂は、出身地は違うものの、宣教の姿勢、考えが同じで、寺尾と意気投合した。週末、安いウイスキーの水割りを飲みながら、二人は、夜の明けるまで、話した。寺尾たちの共通の夢は、日本が、キリスト教国になることだった。二千年前、キリストの弟子たちが、世界に散り、各地に教会を建てたように、寺尾たちも、日本の各地に遣わされ、福音を述べ、洗礼を授け、一人でも多くの人々を、キリストの元に案内し、キリストの救いに与らせようと、熱心に議論した。彼は、そのため日本の歴史に学び、日本の文化を探究し、西洋からのキリスト教ではなく、日本人に受け入れられる、日本に根付くキリスト教を求めていた。政治に対しても関心が高く、キリスト教が日本に受け入れられるなら、それは、政治的には、革命に等しいと述べ、積極的に平和運動や、デモにも参加した。寺尾は、政治には疎く、彼に付いていけなかったが、しかし、早坂の主張に、賛同していたし、彼のイズムが、行動を伴っていることに対しては、尊敬の念さえあった。

「君は、教区から離れて、何をしている」
 突然、早坂は、質問して来た。寺尾は、懐かしい気持ちで早坂を見ていたから、すぐに、その質問の意味が分からなかった。
「えっ、何だって、今のしている仕事のこと?」
「君の宣教の夢は、どうしたのかと、聞いているんだよ」
 寺尾は、神学校を卒業して、三十年近くなり、一瞬にして、三十年前に戻った感じがした。そして、寺尾は、その質問にどう答えていいか、躊躇した。早坂が自分のことをどう思っているのかも分からず、ただ、早坂の顔を見ているだけだった。
「これが、君の、夢の教会か」
 礼拝堂を見回しながら、更に寺尾に質問した。
「英国から移築した、伝統ある教会と、パンフレットに書いてあった。それが、日本と、いや、福島とどう関係があるんだ」
 寺尾は、彼がなぜここにいるのか、分かってきた。彼は、寺尾の現状を認めていないのだ。今、彼は、尋ねている。寺尾は、何か、答えなければならなかった。
「早坂、君は、何か、どこかで聞いてきたのか」
「どこかで聞いてきたかって、聞かなくても、君のことは、みんなが話しているよ。そして、気になっていた。いつか、機会を見て、会いに行かなければと思ってた。とにかく、君の教会を見たかった」
「・・・・・」
 寺尾は、早坂が何を言うのか、待っていた。
「この教会に、神は、どこにいる?」
「・・・・・」
「英国、イギリスから、神がやってきたのか?」
「・・・・・」
「僕の東京の教会は、そう、こんなに綺麗ではないよ。花も、こんなに飾っていない。床板は、もう浮かんでいて、歩きにくい。もちろん、靴は脱ぐんだがね。エアコンはなく扇風機で、夏は暑い。冬は、暖房があるが、みんな膝掛けをかけないと、寒い。築六十年だからね。隙間風も入るよ。礼拝には、毎週四十人の出席者を欠かしたことがない。みんな熱心だ。東京だから東北からの信者も転入して来る。出たり入ったりだ。でも、ここに無いものがある。それはなんだか分かるか?貧しさだよ。無いものばかりだ。うちの礼拝堂は、黴臭い。窓のガラスの一部にひびが入ってる。オルガンだって、リードオルガンで、足踏みだ。でも、僕の信者は、満足している」
「いい教会じゃないか。君の理想なんだろう、そのスタイルが」
「寺尾、お前に、僕の教会の良さが分かるのか。もし分かるなら、お前は、今の仕事をしていないはずだ。お前は、『何も無くても、神と共に歩む、そこに本当の豊かさがある』と、言ったろう。お前に、今のこれは、不似合いだよ」
「早坂、お前は、わたしが、どんな思いで、今の仕事を始めたかは、聞いているのか?」
「大体のことは聞いている。でも、寺尾、お前の持っている信仰なら、それを乗り越える強さがあったはずだ。聖職者の召命感を持って歩む道があったはずだ」
「わたしは、知らなかった。本当に知らなかった。いや、お前の言う通りだよ。わたしは、教区長にどこの教会へ行けと言われれば、何の疑いもなく、それに従ってきた。教区長から自分に与えられた仕事、それが神に仕える道であって、何があっても、そこに至福の喜びがあった。
 しかし、異動という使命を教区長から拝命したとき、その使命に不義を見てしまった。教区長から見て、それぞれの牧師に対し、その使命の重さが違っていた。ある牧師には、柔軟に、ある牧師には、堅固に、その違いは何か、そこに、神から与えられた使命と違うものを感じてしまった。
 わたしは、迷った。だから、家内が流産しかかっているとき、緊迫した家族の状況を判断できない教区長に従えないと心が動き、わたしは、家族を大切にする道を選んだ。もし、それが神の意志と違うのであれば、必ず、その代償を知らしめられることになるだろうと覚悟し、ただただ、自分の選んだ道が、神の道であることを信じ、今日までやってきた」
「寺尾、それは、感情論だよ。そんな自分の弱さに甘えては、神の召命に応えることは出来ない。どんな状況が自分の周りに起ころうと、ただ一筋、神への忠誠を貫かねば、聖職者として按手された者の務めを果たすとは言えない。お前は、今でも遅くはない。教区に帰れ。教区の牧師として、務めに復帰しろ」


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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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