ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その7

2012-02-21(Tue)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念

ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩

その7(7/15)


 寺尾は、「症状が出て、仕事に支障があるなら、病院へ行き、専門医の治療を受けようか」と、考えたことがあった。しかし、「もし、今の仕事が、神の認められない仕事であるのなら、必ずこの仕事から外される」、「教区から離れたことは、神の心に反しているのではないか」と、いつも、寺尾の中で、葛藤していたから、「体調の不具合は、神の御心ではないか」と思い、「薬を飲んで、結婚式の仕事をすることは出来ない。医師の治療を受けて、神の御心を曲げることは出来ない」と、この症状で病院へ行くことは、一度もなかった。

 寺尾にとって、これは聖パウロのとげ(新約聖書・コリント第二 十二・七)だった。聖パウロは、命を賭けて、キリストの教えを伝えたが、書簡による文章の力強さに比べ、実際の本人の言葉での教えは、身体的特徴からか、弱々しいものがあったと、自分でも認めている(新約聖書・コリント第二の手紙十・十)。それは、聖パウロに何らかの障害、どもりなどに見られる言葉の障害、てんかんなど病的障害があり、その身体的弱さを、逆に、「神の恵みは、弱いところに完全にあらわれる」と、信仰によって強さに変え、死をも恐れず、キリストの復活に達することを望みながら、殉教した。その弱さを、聖パウロは、「わたしの肉体に、ひとつのとげが与えられた」と述べた。
 寺尾は、「自分にある不安という、このとげを取り去ることを祈るよりも、それ以上に与えておられる恵みに感謝して、行けるところまで行こう」と、覚悟した。そして、寺尾は、挙式の度に、その症状を受け入れた。

 木々の葉が芽吹く春、教会の建つ地域は、毎年、強い風が吹く。麓にある桃の花の蕾がやや赤みがかり、白いプラムの花が少し咲き始める頃だ。吾妻下ろしといわれ、山々の開墾畑の砂だろうか、蒟蒻畑の土だろうか、茶色い砂塵が、強い風に乗って、峰を越えてくる。一瞬、目の前が全く見えなくなる程に吹き荒れる。農家の人は、ひと春で風下に、じゃがいも畑が出来るくらい、土が運ばれてくると豪語するほどで、昔から住宅の周りには防風林が植えられていた。
 そんな風が強く吹く日、寺尾は外に立った。藁や、枯草や、落ち葉全てが、横になって吹き飛んでいた。風は、全ての音を飲み込み、木々を、大きく揺さぶっていた。砂塵は、茶色の風の柱になって、断続的に押し寄せる。寺尾の目はかろうじて開いていたが、風に向かっては、見開くことは出来なかった。寺尾は、今、自分に押し寄せている様々な、内と外の試練を思い、吹きつける風の中で思った。
「この大自然の厳しい営みの中で、自分はなんと小さく、弱いことか。全てのものが、飛び去っている。自分は、この風に吹き飛ばされる塵よりももろく、軽く飛び散り、何も残されず、消えていくのだろうか」

 冬、丘の上は、寒い。寺尾は、雪のない町で育ったので、ドウダンツツジ(満天星)の葉が赤く色づくと、いつ雪が降るか、楽しみにしていた。ある雪の日、除雪は、夜になった。翌日の挙式のため、ライトアップの明かりの中、寺尾は、教会入口の階段を除雪した。冷えていた。手の指がかじかんだ。雪は軽く、寺尾の雪を掻く音だけが、シーンとした教会敷地に響いて、サッツ、サッツと流れた。階段の雪を両脇の芝生の斜面に移した。雪は、粉のように空を舞い、寺尾の顔にかかった。身体を動かしていたので、顔が熱くほてり、粉雪は、冷たく気持ち良かった。雪が階段の両脇に山となった。寺尾は、何を思ってか、急に後ろ向きになり、仰向けになって雪の上に倒れた。寺尾の周りから雪が舞い上がり、それがまた、寺尾の顔にかかった。雪は、羽蒲団のように柔らかく、寺尾を包んだ。天空に目をやると、鐘楼の十字架を照らすライトアップの光が、サーチライトのように夜空まで伸び、降る雪は、キラキラと輝きながら、光に向かっていた。寺尾は、舞い下りる、煌めく雪に、天使の姿をイメージした。
「時に彼は、夢を見た。ひとつのはしごが地の上に立っていて、その頂きは天に達し、神の使いたちがそれを上り下りしているのを見た」(旧約聖書・創世記二十八・十二)
 寺尾は、ヤコブの夢、「天上へのはしご」を思い出した。ヤコブが双子の兄エサウの怒りを逃れて旅をし、野宿した時に見た夢だった。そして、ヤコブは夢の中で神の言葉を聞く。
「わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたを捨てず、あなたに語った事を行うであろう」(創世記二十八・十五)
 寺尾は、雪のしとねに、身を任せ、穏やかだった。

 挙式中、寺尾は、いつもの不安におののいていた。自分一人で立っていられない程、恐怖を感じながら、結婚する二人のために、祈り続けていた。寺尾の顔、口、言葉、仕種、表情も、全て、結婚式のために動いていたが、寺尾の心は、不安に震え、怯えていた。
 ところが、式途中、誓約の言葉が終わった時、寺尾は、一瞬、不安が消え、身体が軽く感じた。寺尾は、何が起きたかと、意識の内面を注意深く探ると、挙式している自分と、もう一人、自分のために祈っている自分が、見えた。不安な気持ちを持ちながらも、必死で挙式している自分、そして、それを、まるで見守るかのように祈っている自分。その祈る自分は、安らかだった。寺尾は、寺尾の中で、二つになっていた。苦しんでいる自分と、安らかな自分。寺尾は、苦しんでいる自分から、安らかな自分にスイッチ出来た。
 寺尾は、この出来事に戸惑いを感じながら、この後、挙式の不安が消えたことから、喜んで受け入れた。それから寺尾は、結婚する二人のため、より集中して、祈ることができた。寺尾は、漲る自信を、神に深く感謝した。


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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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