震災報告、その2

2011-03-25(Fri)
今回の大地震で、聖アンナ教会は、建物など、罹災したが、地震直後から、電気が止まった。
その結果、電話が通じず、自家水が止まり、トイレも使えなくなった。
3日後の、14日の朝、出勤して、電気が来ていることを知り、やっと、片付けが始まった。
挙式予定者や、関係業者への、連絡も、軌道に乗った。

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スタッフの自宅では、大きな被害がなかったが、やはり、電気が止まり、水も出なかった。
そのため、私は、給水車の来ている場所へ、水を貰いに行き、行列した。
何度も、地震警報が携帯で鳴り、その度、緊張しながら、順番を待った。
20日午後4時、やっと、我が家に、水が来て、9日振りに、風呂に入れた。

食糧が無くなり、スーパーが開いたので、大勢の人と一緒に並んだ。
時間制限や、空っぽの棚もあったが、必要な食べ物は、どうにか、手に入れることが出来た。
コンビニも、ほとんど、閉店していた中で、やっと食品を手にし、ささやかな希望を感じた。

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灯油、ガソリンも、無くなった。
幸運にも、灯油は、販売者が、車で地域を回っているのを見つけ、家のタンクに入れて貰った。
105円/リットルは、高かったが、助かった。

ガソリンが、やっと、スタンドに搬入されるようになった。
教会取引の店に電話して聞いたら、今朝、タンクローリーが来て、給油できると聞いたので、急いで並んだ。
9時15分に並ぶと、222番の整理券が渡された。
スタンドまで、1.6キロの位置、目的地は、遥か向こうで、見えなかった。
2時間並んで、3000円分、約20リッター入れることが出来た。
155円/リットル、これも高かった。

私の震災体験は、並ぶことから始まったが、津波や原発被災地に比べれば、大したことはない。
反対車線を見ると、自衛隊の車、救急車、消防自動車が何台も、被災地に向かっていた。
滋賀、三重、静岡、横浜、すべて、県外の車だった。
何もできない私だが、「よろしく、お願いします。ありがとうございます」と、心で叫んだ。


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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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