長崎の鐘・長崎原爆の日

2010-08-09(Mon)
今日は、長崎に原爆が落とされた、長崎原爆の日。
長崎の犠牲者に、哀悼の心を抱いて、今日一日を過ごした。

広島に続いて、2度目の原爆だったが、この原爆は、広島よりもさらに威力のある原爆で、長崎の地形により、広島よりも少ない被害だったにしろ、米軍は、原爆の比較実験をしている。
最初の予定は、小倉市であったが、天気が悪く、その成果を観察できない理由で、次の候補、長崎市に投下された。
長崎市も天気が悪く、目標3キロずれ、浦上天主堂上空の、長崎市松山町で、爆発した。
それにしても、後で調べれば調べるほど、米軍の冷静さと、冷酷さ、これが、戦争だと、思い知った。

長崎市への原子爆弾投下
長崎市への原子爆弾投下(ながさきしへのげんしばくだんとうか)では、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)8月9日、午前11時02分に、アメリカ軍が日本の長崎県長崎市に対して投下した原子爆弾。これは実戦で使われた二発目の核兵器である。この一発の兵器により当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人が死亡、建物の約36%が全焼または全半壊した。
長崎原爆はプルトニウム239を使用する原子爆弾である。 このプルトニウム原爆はインプロージョン方式で起爆する。 長崎原爆「ファットマン」はTNT火薬換算で22,000t(22kt)相当の規模にのぼる。この規模は、広島に投下されたウラン235の原爆「リトルボーイ」(TNT火薬15,000t相当)の1.5倍の威力であった。
長崎市は周りが山で囲まれた特徴ある地形であったため、熱線や爆風が山によって遮断された結果、広島よりも被害は軽減されたが、周りが平坦な土地であった場合の被害想定は、広島のそれを超えたとも言われている。
仮に最初の標的であった小倉市に投下されていた場合、平坦な土地が広がるために、同市および隣接する戸畑市、若松市、八幡市、門司市、即ち現在の北九州市一帯と山口県の下関市まで被害は広がり、死傷者は広島よりも多くなっていたのではないかと推測される。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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長崎には、米国大使が来なかった。
長崎の心を、逆なでするのか。
アメリカの世論は、決して、原爆の投下を悔いてはいない。
非人間的な行為であっても、それを認めない、それが戦争だ。
長崎の平和宣言を、ぜひ、読んでほしい。
参照: 長崎市長の平和宣言

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今日のテーマのため、聖アンナ教会の聖鐘を用いた。
この鐘は、長崎で造って頂いた。
長崎の原爆を思い出す度、「長崎の鐘」を連想する。

長崎の鐘
長崎の鐘は永井隆が執筆した随筆。1949年1月に出版され、紙不足の当時としては空前のベストセラーとなった。同書をモチーフとした歌謡曲はヒット。さらに松竹により映画化され、版を重ねることになった。
作品は、1946年8月には書き上げられていたが、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の検閲によりすぐには出版の許可が下りず、GHQ側から日本軍によるマニラ大虐殺の記録集である『マニラの悲劇』との合本とすることを条件に、1949年1月、日比谷出版社から出版された。
藤山一郎、池真理子の歌謡曲は、作詞サトウ・ハチロー、作曲古関裕而。1949年7月1日コロムビアレコードから発売された。翌1950年頃から藤山の作曲により、永井隆の短歌によるサビ部分が付け足された。また、本作品発売の2ヶ月後、永井一家と交流のあった植本一雄の作詞・作曲による藤原義江の歌謡曲が同タイトルで発表されている。古関版の「長崎の鐘」は、ソプラノ歌手藍川由美の「古関裕而歌曲集」にも収録されている(同CDには、藤山版のサビ部分と同じ歌に古関が作曲した曲も収録されている。もともとその短歌は、藤山の歌った「長崎の鐘」を聴いて感動した永井が詠んで古関・サトウ・藤山に贈った歌であった)。なお、古関版「長崎の鐘」の歌詞には、原爆を直接描写した部分は全くない(当時の米軍の検閲をはばかったものと思われる)。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

参照: 長崎の鐘の歌詞
因みに、作曲家・古関裕而氏は、福島市出身だ。

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「長崎の鐘」を書いた、永井隆(医学博士)氏は、原爆で愛妻を失い、短い生涯を、実に、壮絶に生きた。
私は、永井氏のカトリック信仰を、詳しく知らないが、その生き方に学びたいと思う。

永井隆(医学博士)氏の生涯 :一部省略
永井 隆(ながい たかし、1908年(明治41年)2月3日 - 1951年(昭和26年)5月1日)は医学博士。「長崎の鐘」「この子を残して」の著者。
1908年(明治41年)2月3日 島根県松江市にて、医師であった父寛、母ツネの長男(5人兄弟)として誕生する。祖父文隆より1字を授かり隆と命名される。幼少青年期を三刀屋町(現・雲南市)ですごす。
1928年(昭和3年)4月 松江中学を経て、長崎医科大学(現:長崎大学医学部)に入学。大学入学まではスポーツの苦手な優等生であったが、身長171センチ、体重70キロと大柄な体格であったことから長崎医大篭球部に誘われ、メモ書きを怠らない熱心さで、明治神宮で行なわれた全国大会3等、西日本選手権制覇などに貢献する。
1931年(昭和6年) 浦上天主堂近くの森山家に下宿する。なお森山家の一人娘が後に妻となる緑(洗礼名:マリア)であった。森山家はカトリックであったことから、カトリックに興味を持ち始めたと言われている。
1932年(昭和7年)4月 大学卒業後、助手として放射線医学教室に残り、放射線物理療法の研究に取り組む。
1934年(昭和9年)2月1日 帰還する。大学の研究室助手に復帰。
6月 洗礼を受け、カトリックの信徒組織である聖ヴィンセンシオ会に入会(洗礼名:パウロ)。無料診断・無料奉仕活動などを行ない、この頃に培った奉仕の精神が、晩年の行動へと結びついて行く。
8月 森山緑と結婚する。緑との間には一男二女(長女は原爆投下前に夭折)をもうけた。
1937年(昭和12年)長崎医科大学講師に就任する。日中戦争に第5師団衛生隊隊長として出征する。
1945年(昭和20年)6月 長年の放射線研究による被曝で白血病と診断され、余命3年の宣告を受ける。この時、白血球数10万8000、赤血球数300万であった。(正常値は白血球7000程度、赤血球500万程度)
8月9日 長崎に原子爆弾が投下される。爆心地から700メートルの距離にある長崎医大の診察室にて被爆する。右側頭動脈切断という重傷を負いながらも布を頭に巻くのみで、救いを求める人々の為に尽力する。
8月10日 帰宅。台所跡から骨片だけの状態となった緑の遺骸を発見、骨片を拾い埋葬。

8月12日 救護班を組織し、被爆者の救護に当たる。
9月10日頃 昏睡状態に陥る。直前、辞世の句として一句。「光りつつ 秋空高く 消えにけり」
1月28日 長崎医科大学教授に就任する。
7月 長崎駅近くで倒れる。以来、病床に伏すことになる。
1948年(昭和23年)永井隆が死までの3年あまりの日々を過ごした如己堂(長崎県長崎市)荒野となった浦上の地に花を咲かせようと、桜の苗木1000本を浦上天主堂をはじめとする各所に寄贈する。これらの桜は「永井千本桜」と呼ばれた。
1951年(昭和26年)2月3日 白血球数が39万を超える。
5月1日 長崎大学付属病院に緊急入院。21時50分、逝去。享年43。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
参照: 永井隆氏の生涯

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聖アンナ教会の鐘は、長崎の、西田鋳物に、注文した。
社長の、西田金悟氏は、何度となく連絡を寄こし、納得のいく鐘を造って頂いた。
1992年9月28日の棟上げ式に間に合わせてくれた。
その時は、まだ鐘楼が出来ておらず、教会入口に設置して、鐘を披露した。
翌年1月22日の献堂式には、西田氏も出席して下さった。
聖アンナ教会の「長崎の鐘」は、ステンドグラスと並んで、自慢の逸品と思っている。
参照: 西田鋳物

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長崎原爆の日に合わせて、鐘楼に上り、初めて、写真に写した。
18年間の働きを感じさせられ、ご苦労様と、ねぎらった。
鐘楼からの景色が、爽やかだ。
「神は愛なり」という文字も、まだ、はっきり、見えていた。
この鐘を鳴らす度、長崎の原爆を想い、永井さんを偲んでいる。

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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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