起き上がり小法師・今日は、父の命日

2010-04-11(Sun)
個人的なことで、申し訳ないが、
私の父、貞吉(さだよし)は、1953年(昭和28年)の、今日、逝去した。
父は、先の戦争で、朝鮮の羅南に出兵し、乗馬訓練で落馬し、それが原因で、復員後、肋膜炎を発症し、何度かの手術後、宮城県亘理郡山元町高瀬字合戦原にあった、国立宮城療養所(現在の宮城病院)で、亡くなった。

父は、器用だったので、私に色々な物を作って、可愛がってくれた。
父の作った起き上がり小法師は、寝床のそばにいつもあり、父を思うたび、それを思い出す。

起き上がり小法師
起き上がり小法師(おきあがりこぼし)は、福島県会津地方に古くから伝わる縁起物・郷土玩具の一つである。起姫ともいう。会津の人にとっては「赤べこ」の次に馴染みのある郷土玩具である。稚児をかたどった可愛らしさがある。会津地方ではこの小法師を「十日市」という毎年一月十日に行なわれる縁日で家族の人数+1個を購入し一年間神棚などに飾る。何度倒しても起き上がる事から「七転八起」の精神を含有している。縁起物としての機能としては「無病息災」「家内安全」など。家族の人数より1個多く購入するのは「家族が増えますように」という願いから生じた慣習である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

起き上がり小法師xxx

思春期、父の存在を求めて、父の残した聖書を読み始めた。
「父なる神」との言葉に、父を重ね、キリスト教に魅かれていった。

34歳で亡くなった父、私は、その倍近く生きているが、父を思いながらいつも、自分は父の望んだ息子になっているだろうか、父がいれば、どんなことを、私に語り、叱るだろうか、そんなことを考える。

父に育てられた経験のない私は、息子が生れたとき、父親としてどう接するのか、不安があった。
自分の中に、そのプログラムがなかったからである。
それで私は、「父なる神」のイメージから、出来ることは、何でもしてあげようと決心した。
息子は、もう26歳になり、私の手を必要としない年齢になったが、もし、父が生きていれば、どうするだろうかと、今でも、父に助言を求めている。

いつも、何も語ってくれない父だが、起き上がり小法師を見ていると、父の答えが返ってくる。
「大丈夫、大丈夫、転んでも、また起き上がれるから・・・」と。

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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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