今日は、昇天日

2010-05-13(Thu)
今日は、4月4日(日)の復活日から数えて40日目の、昇天日である。
復活したキリストが、弟子たちの前で天に上られたことを記念する日だ。

キリストの昇天
キリストの昇天は、キリスト教の教義で、復活したイエス・キリストが天にあげられたこと、またそれを記念するキリスト教の祝日。「イエスの昇天」は使徒信条やニカイア・コンスタンティノポリス信条にも含まれている。復活祭と連動する移動祭日でもある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

こう言い終ると、イエスは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった。
イエスの上って行かれるとき、彼らが天を見つめていると、見よ、白い衣を着たふたりの人が、彼らのそばに立っていて言った、
「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」。

引用:新約聖書・使徒行伝第1章9-11節(口語訳)日本聖書協会 (DT Works)

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聖アンナ教会祭壇正面に飾られているステンドグラス「昇天」

キリスト教の重要な祝日でも、平日の木曜日とあって、一般に、あまり馴染みがない。
まして、キリストが、天に昇られたという記事は、現実離れして、教会もどう説明するか、難しい。

聖書に昇天という記述はなく、「天にあげられた」とある。
聖ルカによる福音書と、使徒行伝にのみ記されている。

私は、キリストの昇天の有無より、弟子たちが、キリストの昇天という出来事を通して、
神の子・イエス・キリストを、より身近に感じ、変えられていったことに興味がある。

昇天の出来事は、キリストが見えなくなったことを意味する。
そして、その不安の中、弟子たちが、信仰の転機を迎えた瞬間であった。
それまで、キリストの弟子であることを隠し、引きこもっていた者同士が、外に出て、
「キリストこそ神の子、救い主である」と、声高らかに、宣言したのだ。
死から命に、絶望から希望に、弟子たちを向かわせた勇気は、キリストが与えられた力、それ以外にあり得ない。

「わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。
見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである」。

引用:新約聖書・コリントⅡ第4章18節 (DT Works)

昇天の10日後、聖霊降臨日(今年は、5月23日)を迎える。
弟子たちが、神から聖霊を受け、世界への福音宣教を始めた日である。

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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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