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橋本美智子さん制作人形からの、言の葉

2014-12-29(Mon)
12月23日、橋本直樹氏の写真展の続きだ。
写真展を見た後、家内と私は、橋本氏の自宅に招待された。
三春湖の大きな吊り橋を渡ってすぐのところに、ログハウス風の新しい建物があった。
橋本氏は、そこにお母さんの美智子さんが制作した人形を展示してあるから、
是非、見て欲しいというのだ。
その建物は、1階がリビングで、2階が住まいになっていた。
そう広くないリビングに、ごく自然な配置で、人形が展示されていた。
私は初めて目にしたが、想像していたよりも大きかった。
50㎝メートルはある大きさで、人形というよりは、彫刻の芸術作品を見るような迫力ある作品だった。
4つの主題を持つ像群は、物言わぬままにただ立っていたが、
撮影を始めると、声なき声が、私に語りかけて来たように思えた。

最初の像の題名は、「光とあそぶ」とある。
いつ作られたか、どういう材料、方法で制作されたか、時間がなく聞きもらした。
この像は、日展に出品され、入賞している。

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何年前だったろうか、日本聖公会東北教区の、保育者大会が郡山を会場に開かれた。
東北6県の幼稚園、保育園の研修大会で、100名近く参加された。
郡山聖ペテロ聖パウロ教会、セントポール幼稚園は、受け入れ会場として準備し、教会員は協力した。
その中に、橋本美智子さんがおられた。
研修会の中で、福島県内の観光が企画されたが、4つほどのコースの中で、三春があった。
その案内人が、橋本美智子さんだった。
20名足らずだったが、車に分散し、デコ屋敷など見学した。
その後、橋本さん宅にも案内された。

2つ目の像は、「心和む」である。

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橋本さん宅は、古民家を思い浮かべたほど、歴史を感じる建物で、しかもきれいに保存されていた。
日本の建物ここにありと強く印象に残っている。
みんなで、お茶を頂き、しばし時間を経つのを忘れ、研修の疲れを癒すことが出来た。
その時の橋本さんの印象は、目を輝かせながら、優しく心配りをし、動き回っていたことだった。
小さく細い体のどこに、そのエネルギーがあるのかと、とても感心させられたのである。

3つ目の像は、「風、蒼し」である。
この画像からは確認できないが、プラチナの粉末を衣服に用い、静かに輝いていた。

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橋本さんには、直樹さんの下に、娘さんが一人いた。
この娘さんが、中学生の時、鳴子近くの中山平で開かれた、教区の夏期キャンプに参加されたとき、
橋本さんが、福島まで送り迎えされた。
娘さんはその後、美大に進学した。
余談だが、美大進学のため、デッサン指導したのは、アンナガーデン・ざくろ館の佐久間氏だった。
橋本さんが、芸術にも関わっていたと、全く知らなかった。
今回の写真展に、漆の工芸家が来ておられたが、
橋本さんは、その工芸家に足を運び、漆の技術をも習得し作品を完成させたとお聞きした。

4つ目の像は、「光の中で」である。
この作品は、福島県美術展で、見事、金賞を得ている。

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今回、橋本さんの作品に出逢えたのは、4体だけだったが、その他にもある。
今年3月、直樹氏に会って、美智子さんの死を、初めて知った。
逝去日をお聞きしたら、12月23日、その日が命日だった。
直樹氏は、今、お母さんの作品をこれからどう展示し保存していくかを、真剣に考慮している。
直樹氏の自宅に、様々なつながりのある方々が、集まった。
美智子さんの作品と直樹氏の写真を眺めながら、直樹氏の奥様が出してくれた、美味しい紅茶を頂いた。
直樹氏の奥様のおもてなしを見て、ふと、そこに美智子さんの姿と重なった。

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三春での写真展に行く

2014-12-28(Sun)
今年3月11日、午後2時46分の震災の起きた時間、
私と家内は、福島県相馬郡新地町埒崎の、磯山ときわ旅館跡地にいた。
その時、私と同じくときわ旅館に深い関わりを持った方が、そこにいた。
ご家族とは教会を通して親しかったが、初対面だったフリーカメラマンの、橋本直樹氏だ。
その橋本氏が、12月23日から28日まで、実家のある三春で、写真展を開くという記事が、
12月21日の、福島民報に掲載された。
12月23日は、天皇誕生日の祝祭日で、教会は休みでなかったが、
時間を頂いて、その写真展に出かけた。

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新聞記事によると、橋本氏は、被災地の記録30万枚も撮り続け、
現在愛媛と福島を往復する2重生活をし、震災と原発事故の風化を防ごうと写真展を開き活動している。
私は、どんな画像を掲示し、何を語るのか、強い関心を持った。

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写真展の会場は、三つの中学校が統廃合し、廃校となった、旧桜中学校の音楽室。
その日は、朝から雪降りで、寒かった。
三春にも雪が降り、福島に負けないほど、寒かった。
現在校舎は、町の交流センターとして利用、建物の大きさに比べ、人はまばらでこれまた寒かった。
その中で、橋本氏は、熱く語りかけていた。

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話を聞くと、意外に穏やかな内容だった。
震災被害の写真は、机の上に、自由に見られるように配置し、
壁には、美しい自然、動物の写真が張られていた。
話の中で強調されたことは、橋本氏が海外で、また実際に自然に向き合って強く感じて来た、
自然の大切さ、美しさ、みんなで守るべきものについて、だった。
決して、誰かを、何かを非難するのでなく、
私たち人間にとって大切なことは、この自然や宇宙と調和を保ちながら、共に生きていくこと、だった。

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旧桜中は、コンクリート打ちっぱなしの斬新で立派な校舎だ。
それがどう利用されていくのか、管理者に聞くと、
来年からエバンゲリオンのアニメ製作会社GAINAXが入り、活気づくとのこと。
福島に、様々な分野、業種が入って来て、人が動く、物が動く。
それらが、復興を実現させる、熱い血潮の心臓となり、さらにまた、より力強く動いていく。
橋本氏の話と、旧桜中の話を聞き、自分の中に、燃えるものを感じ熱くなった。

   橋本直樹氏のFacebook

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磯山ときわ旅館の三宅さんご夫妻、記事になる!!

2014-12-11(Thu)
今日で、東日本大震災から、3年9ヶ月になる。
震災からの復興は進んでいるのか、テレビ、新聞は、毎日取り上げる。
総選挙が告示された。
投票日の12月14日まで、「福島の復興なくして、日本の発展はない!」と、いつもの叫びが聞こえる。
しかし、もう震災から4年になる。
福島県民は、みんな冷めた目で候補者を見つめている。
なんで今、選挙なのか、それが被災地では、理解出来ない。
復興をお題目に、予算が決まる。
しかし、やっと決まった予算が実際に使い切られず、復興進捗が目に見えて進まぬ現実。
避難されている人たちから、諦めともとれる言葉が、幾度となく聞かれる。

そんな中、福島県新地町の、三宅さんご夫妻の記事が、今日の福島民報新聞に掲載された。
磯山ときわ旅館のご主人で、震災後、ご家族3人が津波の犠牲になった。
このことは、私のブログで、何度もお伝えしている。
新聞に載った三宅さんご夫妻は、これを見て驚いておられるかもしれないが、
新聞を通して、ご夫妻のことが、多くの人の心に残るなら、とても嬉しいと思う。
ノーベル賞とまでは言わないが、それ以上の心ある仕事を、このご夫妻はされて来た。
天国では、神様から大いに祝福され、安らかでお過ごしに違いない。

三宅ご夫妻の記事20141211ddss

新聞記事を、大きな画面(PDF)でご覧になれます。三宅ご夫妻の記事20141211

この記事を書かれた、福島民報社の記者に、取材の経緯をお聞きすることが出来た。
その切っ掛けは、記者が色々取材する中、私が今年3月11日震災が起きた時間に、
ときわ旅館跡地で一緒に三宅さんご家族のため祈った、カメラマンの橋本氏との出会いだった。
橋本氏は、何度となくときわ旅館に来られ、三宅さんご夫妻の人柄に惹かれた。
橋本氏に限らず、ときわ旅館に宿泊し、三宅さんご夫妻のおもてなしを受けた者は、
みんな同じ気持ちにさせられた。
三宅さんの穏やかな笑顔、少しかすれていたが優しい声の言葉掛け、
近くの港から仕入れた新鮮な魚介類と、畑で取れた瑞々しい野菜やトウモロコシ、スイカの数々。
いつも限られた予算でお願いしたが、お腹も心もいっぱいに満たされた。
日曜学校の子供たちは、自然の中で、自由すぎるくらい自由に遊び、
共に祈り、共に食事し、共に、大きな声で笑った。
そのそばに、いつも、三宅さんご夫妻がおられた。



磯山ときわ旅館の跡地pp


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3・11その時を、新地町・聖ヨハネ教会・ときわ旅館で迎える!!(3/3)

2014-03-13(Thu)
聖ヨハネ教会の敷地跡から、海岸方面を見た。
テトラポットを運ぶトラックが、休みなしに行き来していた。
復興の状態は、前来た時より、道路が走りやすいこと、見通しが良くなったことがあるが、
余りにも広いエリアなので、前に来た時から10カ月近くなるが、大きな変化は感じられなかった。
ここからも、新地発電所が見える。

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教会跡地から下ると、花が添えてあった。
線香も手向けてあり、ここでお参りしたようだ。
そういえば、教会敷地にも、二つの花束が置いてあった。
この地区で亡くなられた方は、三宅さんご家族の3人だけ。
そのご関係の方が、来て行かれたのかもしれない。

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ときわ旅館の跡地に、また来た。
何の変化もなかった。
溜まり水の量も、変わりなかった。
午後2時46分の震災の起きた時間が近づいたので、跡地まで行こうとしたら、人影が見えた。
男性、2人だった。
そばに行って、「ときわ旅館の関係者ですか」と、お聞きしたら、
私の知っている、郡山市の信徒の息子さん、橋本さんと、一緒に来た大学生、太田さんだった。

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震災の時間、新地町役場からサイレンが鳴ったので、1分間の黙祷をした。
橋本さんは、フリーのカメラマン。
よく、ときわ旅館に泊まりに来て、海で見る日の出が好きだった。
その時、三宅さんが、優しく起しに来てくれたことを思い出す。
だから、どうしても今日は、この場所で、三宅さんを偲びたかったと話した。

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東日本大震災から3年が経ち、自分なりにこの現実を受け止めようと思った。
そして、出来るだけ、その思いを人に伝えようと思った。
何をどう伝えるか、それは簡単にまとめきれないが、あえてそれを言えば、
人間のおごりを戒め、全てのものに対し、謙遜の心を忘るべからずということだ。
海のそばに住むこと、私はいつも、不安に思っていた。
これは、崖の上や下に住むことにも通じる。
科学は、人間の謙遜さがあってこそ、成り立つ。
科学が絶対正しいとする信仰は、人間を破滅に追いやる。
それらは、全て歴史を通じて、学ぶべしだ。
どこかで原発事故が起きた時から、事故は、必ず起きるものと、その備えをしなければならなかった。
しかし、おごりの心から脱することが出来ず、謙虚さを見失った。
3年前の震災、原発事故により、大きな犠牲を払った。
だから、その事実をしっかと覚え、語り伝え、同じ過ちを二度と繰り返さぬよう、生きて行く。
犠牲者のためにも、避難者のためにも、被災者のためにも、そして、自分自身のためにも。

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3・11その時を、新地町・聖ヨハネ教会・ときわ旅館で迎える!!(2/3)

2014-03-12(Wed)
新地駅を後にして、私は、聖ヨハネ教会に向かった。
以前報告したように、もうここに、聖ヨハネ教会の建物はない。
教会は高台にあり、直接津波の被害を受けることはなかった。
しかし、津波に襲われた信徒3名が死亡、行方不明となり、教会に避難した13名の命が助かった。
教会外壁の一部は崩れ、外が見えるほどだったが、避難者は、あるもので暖を取って救われた。
今日、あの時と同じように、白梅が咲いていた。
3年前は、満開だったと聞いたが、今年は寒かったせいか、やっと咲き始めた。

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教会の建物は、半壊の危険判定を受けた。
また、避難で留守になった建物に盗みに入る犯罪が目立つようになり、保全する方向に進んだ。
日本聖公会東北教区は、2011年12月4日、祭壇、聖具類を、仙台に移動させ、
2013年2月16日、聖ヨハネ教会の聖別解除式を行い、18日備品を運び出し、
3月12日、解体作業が始まった。
1936年12月に聖別された聖ヨハネ教会の建物は、77年を数え、いったん休みに入った。

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私は、聖ヨハネ教会の歴史と、震災からの3年間を、思った。
聖ヨハネ教会が出来て間もなく、アメリカとの戦争が始まった。
教会は敵国からの援助で出来た故、心苦しい時代もあった。
戦後、またアメリカからの支援を受け、豊かさと異文化の魅力から、教会は賑わった。
聖ヨハネ教会は、僅かな信徒で守られてきたが、震災で救いの家となり、住民との接点が出来た。
さらに、信徒同士の強い交流が始まり、それぞれが神に仕える役割を認識し、行動出来た。
阪神大震災を経験した神戸から、「緊急車両」で駆けつけ、支援物資を届けた聖職もいた。
戦争であれ、津波であれ、それは不幸な出来事であったが、お互いを隔てた垣根を、流し去った。
日本聖公会や東北教区のホームページ、ブログを読み、それを強く感じた。
そして、日本、東北にとどまらず、世界から注目され、聖ヨハネ教会は聖地となった。

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聖ヨハネ教会の跡地に、フキノトウが咲いていた。
その場所は、礼拝堂が建っていた所で、去年6月に来た時は、更地にされ何も生えていなかった。
建物の下で、今まで日も当たらず、フキノトウが育つ場所ではなかった。
よく見ると、フキノトウのほかに、色々な草花も、芽吹き始めていた。
新しい、命が始まったのだ。
聖ヨハネ教会の解体作業を通して、新たな交わりが始まった。
昔から聖ヨハネ教会と関わっていた人たちや、親が信徒だった人、日曜学校に通った思い出のある人などなど、
その関わりは、様々だ。
信徒が所有するスタジオで、月1度の礼拝も守られている。
その中から、神様の家族に加わりたい、洗礼を受けたい人が現れた。
教会家族にも、新しい芽が、確実に、芽吹いて来たのだ。

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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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