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ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 あとがき

2012-03-07(Wed)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念

ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩

あとがき


ブログ小説「いつも、涙のそばに、君がいた。」を、最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
この小説は、予告でも触れましたが、
東日本大震災、大津波、福島第1原発事故、また昨年起きた様々な災害を受けた方々を思い、
少しでも、私なりに、被災者を応援できないかと、掲載しました。

間もなく、あの日3月11日を迎えようとしています。
この日を境に、あの悲劇の光景がフラッシュバックし、また、辛い思いをなさるかもしれません。
それぞれ、どんな思いでその日を迎えるのでしょうか。
まだ、1度も被災地を訪ねられないでいる私としては、想像を超えています。

どんなにか悲しく辛い、その出来事は、最悪であり、地獄であり、希望もありませんでした。
被災者は、1年間、ひたすらそれを引き摺ってきました。
私も、一緒にその重荷を担ぎ、寄り添おうと努めました。

大地震、大津波、原発事故、放射能汚染、風評被害、そして、「ふくしま」という差別。
それらをリセットできず、私たちは、有無を言わさず、受け入れなければなりませんでした。
でも今、私たちは、もだえ苦しみながら、少しずつ、周りが見えてきたと思います。
多くの方々の援助、支援、励ましの言葉、名も知らない方からの応援メッセージ。
お陰さまで、辛くても、この1年、どうにか持ちこたえました。
そこで、はっきり分ったことは、「自分は一人ぼっちではなかった」ということ。

「どんな状況にあろうと、自分は、決して一人ではない」そのことを、私は強く伝えたかったのです。
一人ではないから、そこに希望があり、夢があり、勇気を持って一歩前に進む事が出来ます。
そして、もう一つ言えるなら、こんな「わたし」でも、誰かのそばに寄り添うことが出来る存在だということ。

幸せは、一人でやって来ません。
昨日より今日、今日より明日、少しでもいいから、前を向いて歩きましょう。
必ず、あなたに、一番あなたを思ってくれる人が、どんな時も、一緒に付いておられますから。


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ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その15

2012-03-06(Tue)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念

ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩

その15(15/15)


 寺尾は、すっかり老人の弟子になっていた。老人を見る寺尾の目は、尊敬の念と、より教えを請う、修行僧の目になっていた。
「なんか、今までの、わたしの知っていた神の理解より、もっと、身近に、しかも、大きく、強い神として感じられるようになりました。
 わたしは、父の面影を求めて、教会に行き、父と出会えた喜びで、信仰に入りました。さらに、父との関係を、より深められる思いで、神学校に進みました。ところが、神学校では、自分の淡い父への感傷と、単純な神への信仰は、一気に打ち崩され、信仰が分解され、より客観的に、より論理的に、信仰を見極めることが求められました。
『そんな理解では、信仰を人に伝えられないぞ』、『そう信ずる根拠は、どこにあるんだ』、『君の言いたいことは、聖書のどこに載っているんだ』と、いつも、教授から詰問されました。
そうして神学書を読み、注解書を紐解き、教授や神学生と議論を重ねていくうち、自分の信仰は、キリスト教として、より普遍的になりましたが、逆に父との関係は薄れ、牧師として、人に教えるための、教義となりました。神についての知識は、豊かになり、正統な信仰となりましたが、神と自分との関係をより深められず、それが今まで続いたと思います。ご主人の話を聞いて、今まで、わたしの中でばらばらになっていた信仰が、やっと一つになったように思います」
「それは、良かった。それを聞いて、話した甲斐があったね。わたしも嬉しいよ。これからも、あなたは、今の仕事を続けていくだろう。たとえどの道を、あなたが選ぶとも、神は、あなたを赦しておられる。あなたが、神と共に歩みたいという、今の気持ちが続く限り、神は、あなたを守り続けてくださる。それを強く感じるよ」

 雲が厚くなってきた。空の光は遮られ、いつもの時間より、早く暗くなったと感じた。外を見ると、雨が降っていた。にわか雨だった。いつまでも降り続く気配はなかったが、寺尾は、老人の帰りを心配して言った。
「雨が降ってきましたね。傘はありますか。今、用意してきます」
 寺尾は、傘を取りに管理棟に向かった。空を見上げると、日が傾きかけていたが、西の空に、青空が見えていた。
「大した雨ではないな。この雨は、すぐ止むだろう」
寺尾はそう、確認しながら、傘を持って、教会に戻った。老人は、礼拝堂入口の前室にいると思っていたら、いなかった。礼拝堂の中で、待っているのかと思ったが、そこにも見当たらなかった。
「ああ、傘を探しているうちに、管理棟のトイレにでも行かれたのか」
と思い、管理棟に戻ってスタッフに聞くと、来ていないと言う。もう雨が小降りになったので、教会の外にいるのかと思い、外を見渡しても、いなかった。寺尾は、もう一度、礼拝堂の中に入り、今まで話していたベンチに行くと、やはり、そこにもいなかった。
 すると、そこに何か紙袋のようなものが置いてあるのを見つけた。それは、どこにでもある、茶封筒だった。封はしておらず、すぐ開けられる状態だった。持ってみると、何かが入っている重さを感じた。そっと、中を覗くと、人形のようなものが入っていた。
「あの老人が忘れたのかな」
と、中身を確かめるため、袋の外に出してみると、小さな起き上がり小法師が、二個入っていた。
「老人は、どこかの土産店で買ってきたのだろうか」
よく見ると、その起き上がり小法師は、新品でなかった。色褪せて少し汚れがあり、使い馴染んだ小法師だった。
 その時、寺尾の身体に、電気のような、痺れのショックが走った。
「これは、わたしの父が作ったものに似ている」
 そう思った瞬間、今度は、胸がドキドキと激しく打ち、手足が震えてきた。
「えっ、あの方は、誰だったんだ!」
 寺尾は、そう言うか言わないうちに、教会の外に走り出て、老人を本気で探した。教会入口まで追いかけたが、もうどこにも、その老人らしき人は見えなかった。

 雨上がりの雲の隙間からこぼれた光の中で、背中に明かりを感じた。後ろを振り向くと、それは、眩しいばかりの虹だった。
 旧約聖書の創世記にあるノアの方舟の記事によれば(創世記九・十三‐十七)、虹は、神との約束を意味した。それは、ノアと残された者への、平和のシンボルとして与えられた、神からの印であった。
 老人と、父の起き上がり小法師、そして、神の約束の虹。寺尾は、その時、最上の幸せを感じた。

 教会に一台の車が入ってきた。朋恵が、迎えに来たのだ。
「もう、一日が終わるのか。なんと短く感じられた一日だったろう。なんと不思議な一日だったことか」
 寺尾は、虹を見ながら、今日一日を振り返っていた。
 何も知らない朋恵が、車から下り来て、言った。
「何してたの?。来る途中、急に激しく雨が降ってね。前が見えなくて、大変だったんだから。もう、帰れるの?」
「間も無く、帰るよ。来る時、虹が出ているのに気づかなかった?今、すごく綺麗で、見とれていたんだ」
「虹が見えてたの?。雨が降った後、すぐ日が射して来たから、虹が見えるかなと思ったけど、わたしの後側だから、確かめることも出来なかったわ」
「見て。ほら、あそこに、まだ、虹が見える。見える?」
「わあ、綺麗!、見える。見える。あんなに大きな虹、見たことがないわ。しっかり、両端が、地面から伸びている」
「そうだね。今日の虹は、特別だ。特別な虹だから、最高なんだ」
「ねえ、ねえ、どうして、特別なの?なぜ、最高なの?」
「見ればわかるだろう。あんなに大きな虹は、普通見られないよ。だから、最高なのさ。きっと、いいことあるよ。きっとね」
 朋恵は、満面の笑みで言った。
「本当に?いいことなら、一杯、あるといいな。一杯ね」

 寺尾と朋恵は、家路についた。二人の進行方向に、まだ、虹が見えていた。空にかかる虹は、濡れた路面に映り、虹の輪の中を走り抜けるように思えた。車の後部座席から、車が揺れるたび
「カチャ、カチャ」
という、音が聞こえた。
 寺尾には懐かしい、起き上がり小法師の音だった。
                                 了


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ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その14

2012-03-04(Sun)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念

ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩

その14(14/15)


 寺尾は、なぜか、自分の立場を忘れ、さらに老人に質問した。
「わたしは、神に愛されているのでしょうか。こんなわたしでも、赦し、愛してくださるのでしょうか」
「もちろん、神は誰に対しても、同じように愛しておられる。決して責めはしない。たとえ神の意志に反するようなことをしたとしても、神は愛しておられるので、赦して下さる。それが、あなたのよく知っている、キリストの十字架だ。神の愛がなければ、神は、キリストを、わたしたちの弱さや罪のために、十字架に付けることをお許しにならなかった」
寺尾は、老人を、まるで師匠から教えを乞うように強く見つめ、目を大きく見開き、顔を老人に近づけるようにしながら聞いた。
「それでは、これから、今まで背負ってきた負い目を、苦しまなくてもいいのですか」
「その通りだ。わたしは、そのことを言いたかった。あなたは、今まで、自分の重荷を、神を意識しながら、正直に苦しんできた。でも、もう苦しんだり、悩んだりしなくて、いいんだ」
 寺尾は、顔を元に引き戻し、肩をおろす仕草をし、微笑んだ。
 老人は、話を続けた。
「でも、苦しみや悩みは、苦しまなくてもいいと言われ、はい分かりましたと、簡単に、それから解放されるということではない。あなたは、それを充分に体験してきたことだ」
「わたしは、何度も祈りながら、自縄自縛の苦しみから解放を求めました。祈ることの安らぎはありましたが、その苦しみからの解放を、すぐに感じることはありませんでした」
「悩めば悩むほど、苦しければ苦しいほど、もがきながら、それから逃れたい、逃げ切りたい、それは必死だよね」
「自分だけの苦しみなら、まだしも、家族を巻き込んでの痛みや、苦しみは、とても耐えられませんでした」
「ヨブの妻は、ヨブの痛ましい姿に、思い余って、『あなたは、神を呪って、死になさい』とまで、言わざるを得ない情況だった」
「神は、そんな苦しみを、ただ見ているだけなのでしょうか。なぜ、その重荷を、すぐに開放し、安らぎを与えられないのでしょうか」
「それだけを見ると、すぐ、神はいない。また神は死んだ。神の存在を証明できる者は、誰もいないと結論付け、無神論が台頭する。
 わたしが病気で苦しんでいた時、まさに、それだったね。まだ若かった。わたし以外の仲間や友人は、元気に仕事や、遊びに夢中になっている時、わたしだけが、病室で、ひとり治療に専念していた。なぜ、自分だけなのか。なぜ、他の人でなく、自分が病気で苦しまなければならないのか、何度自問したことか。自分は、神、仏から見離された。それが、だんだん、病気の苦しみよりも、その孤独に苦しんだ。自暴自棄の中で、わたしは聖書に出会ったんだ」
「それは、とても辛かったでしょうね。わたしは、大きな病気をしたことがなかったので、今思うと、病人の気持ちを、本当は、よく理解できていませんでした。でも、わたしなりにこうして辛い経験をして、自分が駄目になってしまうこととは、こういうことなんだと体験し、病気の本当の苦しみを知りました」
「だから、病気を含めて、苦境にあるときは、何を信じていいか、何を頼るべきなのか、全く分からなくなるよ。神を信じるようになって、逆に、なぜ、神がいるなら、最初から苦しめなければいいのに。神が、本当にわたしたち人間を愛しているなら、なぜ、病原菌や、事故や、災害や、戦争が起こるんだと、すがろうとする神に、文句をつけたくなったよ。いや、それ以上に、もう、神なんか、信じるものかと思ったほどだ」
「それで、どうしたんですか」
「さっき、わたしがあなたに言ったように、神への理解が足りなかった。七年かかって、やっと気づいたんだ。神がわたしを愛しているという意味は、わたしが苦しんでいる時、神も一緒に苦しみ、痛みを感じておられるということを。
 あなたは、小鳥の巣立ちを見たことがあるだろうか。小鳥は、六月の初夏の頃、卵からかえった雛は、段々成長して、一人で飛べるようになる。でも、最初から飛べるわけではなく、枝伝いに、チョン、チョンと飛んで、飛ぶ練習をするんだ。ところが、中には、勢い余って、枝から落ちてしまう雛もいる。もちろん、飛べない雛は、恐怖のどん底に陥る。つまり、それを狙う、猫や、鷹などの猛禽がいるからね。ところが、親鳥が、それをちゃんと見守っているんだ。親鳥は、雛鳥が飛ぶために手を貸すことはないが、じっと、枝に止まって、小鳥が巣立つのを確認するように、そばに付いているんだ。もしかして、親鳥も天敵から襲われるかもしれない。でも、お互い、さえずりながら、雛をずっと、守っている。親鳥は、雛が自分自身で飛ばなければならないことを、身をもって、教えていたんだね」
「神と、わたしたちの関係も、それと同じだというのですね」
「そう。神は、人を、神に似せて造られたと聖書に書いてある。その意味で、神は、親みたいなものだ。でも、神は完全であられるが、人間を、完全には造られなかった。それは、神が親である以上、人間が、親である神になれないよう、はっきりと区別した。でも、神は、人間が、神に近づく方法を示した。それが、人間の弱さであり、苦しみであり、罪といわれるものなのだ」
「それでは、人間は、いつも苦しみ続けなければならないのですか」
「それはね、人間にとっては苦しみかもしれないけど、さっきの親鳥のように、神の痛みでもある。その痛みは、キリストの十字架の痛みに象徴されるが、わたしたちが悩めば、神も悩み、わたしたちが痛みを感じれば、神も痛みを感じておられる。そのようにして、わたしたちの巣立ちを待っているんだ」
「それは、なぜなんですか」
「それは、神が完全であられるように、人間も神の完全に近づいて、本当の安らぎを得て欲しいからなのだと思う。人間であるわたしたちは誰でも、痛みや苦しみは、遠慮したい。だから、それから逃れようとする。でも、そこから逃げては、本当の安らぎには、近づけないんだ」
「そんなに、苦しむことに、意味があるのですか」
「ただ苦しめば、それでいいと言う訳ではないんだ。その苦しみに意味を見出さなければね。あなたは、免疫という言葉を知ってるよね。おたふく風邪や、インフルエンザなど感染症の病気にかからないように、ワクチンがある。これは、弱い菌で、身体に抵抗力をつけて、わたしたちの身体を守る免疫性を高めるためだ。わたしたちの苦しみも、それと同じだ」
「でも、強く、抵抗力のある人は、どんどん強くなるかもしれませんが、わたしのように、弱く、その都度いつも最悪を考えてしまう人間には、あまりにも、過酷過ぎませんか」
「そこが、大事なところだよ。残念ながら、どんなワクチンも、薬も、百パーセント必ず、効くものがないように、親としての神が、わたしたちに示す愛は、人間全てに通じるかといえば、疑問かもしれない。ただ、受け取るわたしたちが、どれだけ、神の愛を受け止められるか、わたしたちにかかっている。神は、その自由をも、わたしたちに与えておられる」
「神は、わたしたちの苦しみや痛みを通して、わたしたちを強め、勇気付け、自立することを望んでおられるのか」
「そのためには、自分の一番嫌な痛み、苦しみにある自分をまず、受け入れることだよ。その自分を否定してはいけない。自分は、赦され、生かされていることを確信できるなら、弱いときこそ強められ、苦しいときこそ神と共にいる喜びを味わえる、そこに本当の安らぎがあるんだ」


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ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その13

2012-03-03(Sat)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念

ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩

その13(13/15)


 老人は、黙って、寺尾の話を聞いていた。礼拝堂内から、半開きした古い扉越しに見える杉林に、西に傾いた日の光が、雲の切れ間から光の筋となって届き、そこだけ黄金に輝いていた。
 老人は、ベンチに座る姿勢を変えながら、話し始めた。
「あなたは、色々と頑張ってきたんだね。その生き様が、あなたを生かし、あなたは、守られてきた」
「不思議です。こんなにも話を聞いて頂けて。今まで、こんなに話す機会は、ありませんでしたから」
「ところで、わたしも、一つだけ話をさせてもらっても、いいかね」
 寺尾は、突然の老人の申し出に、何のことかと、興味を抱いた。老人は、笑みを見せながら、寺尾をじっと見つめ、話を始めた。
「今、あなたの話を聞いて、本当は自分のことが話されているかと思うほど、よく分かったんだよ。まだ、わたしからは話してなかったが、わたしが教会へ行く切っ掛けは、病気をしてね。入退院の繰り返しが、そう、二十代の終わり頃、続いたんだ。わたしは、そのため、人生に対し失望しかけ、孤独だった。その時、何かの雑誌だったか、新聞だったか、聖書についての記事があり、それを読んだとき、一度、聖書を読んでみようと思ったのさ。まもなく聖書を求めて、読み始めた。初めは、何が書いてあるのか、さっぱり解からなかった。それで教会へ行き、牧師先生から聖書の話を聞いた。聖書を学ぶうち、身体の具合が悪かったこともあったが、聖書の教えが心に染み透り、孤独からの解放を肌で感じながら、洗礼を受けたんだ」
「そんな時が、あったのですか」
「そう、もう五十年も前の話さ。そんなわたしが、あなたからの話を聞いて、強く思い出したのはね。旧約聖書の、ヨブ記のことなんだ。わたしは、ヨブ記が好きで、何度も何度も読んだ。あなたは、勉強しているからよく知っていると思うがね。
 ヨブは、信仰深く、神と共に歩み、神の前で正しく生活していたから、富にも、家族にも恵まれていた。ところが、サタンが、ヨブを試そうと、富も、家族も奪い取り、更にヨブに、重い皮膚病まで起こさせ、神との関係を絶とうとした。しかし、ヨブは、
   『わたしは、裸で母の胎を出た。
また、裸でかしこに帰ろう。
主が与え、主が取られたのだ。
主のみ名は、ほむべきかな』(旧約聖書・ヨブ記・一・二十一)
と、言って、罪を犯さず、神との関係を守り続けた。
 さらに、友人三人が来て、ヨブの現状を嘆き、それは罪の結果であるから、神に懺悔するよう強く迫った。しかし、ヨブは、神との関係では、決して罪を犯していないと主張し、
   『われわれは、神から幸いを受けるのだから、
災いをも受けるべきではないか』(旧約聖書・ヨブ記・二・十)
と述べ、決して神を裏切らず、その上、神との直接の対話を求め、そして、神に祝福された。最後は、神から再び富と家族が与えられ、幸せな余生を送ったとある。
 このヨブ記は、因果応報的に、神への強い信仰を持ち続けるなら、必ず、その見返りがあるとの教えが見え隠れはするが、しかし、神が、ヨブ記を通して伝えたかったのは、孤独と苦しみの中に、なおも、神を追い求めるヨブの正しさ、神への義であり、さらに、神と自分との関係を深めていこうとするヨブの姿だった」
「それは、どういうことですか」
「これは、わたしの今までの経験から話せることだが、あなたは、教会や教区を離れたことで、神から何か罰が与えられるかも知れない、そんな不安の中に、いつもいる。でも、神は、決してそんなことはなさらないのに、あなたは、今の自分の仕事に対し、神からどう思われているか、自信がない」
 寺尾は、老人が、意外にも適切な聖書の解説をし、さらに寺尾のことに触れてきたので、自分を見透かされたと思い、向きになって、
「いや、そんな風には思ってはいません。さっきも話したように、わたしは、神の意志に反して、今の仕事をしたくはなかった。神の喜ばれる仕事をしたい。それだけなのです。だから、もし神が受け入れてくださらないのであれば、わたしは神に逆らうことになる。それはしたくないのです」
 老人は、寺尾の気持ちを受け止め、寺尾を優しく見つめながら、話を続けた。
「何か病気になった人というのは、神から罰を受けて、病気になったのだろうか。もしそうだとすれば、神が罰として与えた病気に対し、わたしたちが神から救いや癒しを求めることは、ありえない。たとえ、神から離れていようと、神を知り得なくても、それが理由で、病気や不幸は起きない。むしろ、神は、病気の時こそ、わたしたちの傍に来て、病気を癒し、慰め、その孤独や不幸に、立ち向かう勇気を与えて下さる」
「その通りです」
「あなたが、いつも、神と一緒にいたい気持ちは、よく分かった。でも、あなたが思っている神が、神そのものと誤解している。神は、あなたの理解を超えている。あなたのイメージに組み込まれるほど、神は小さくない。あなたが、神を求めていることは、よく理解できる。でも、神の答えは、必ずしも、あなたの望む形で答えてくれるとは限らないんだ。いや、まったく、あなたの思いと逆の答えが、あなたのためになされることもある。神は、自由だから、神は思いのままに、あなたの傍に居て、あなたを守って下さる」
「わたしは、間違って、神を理解していたのでしょうか」
「そう言っているのではないよ。もっと、神との関係に自信を持ちなさい。あなたは、これから、まだまだ、色々な障害を乗り越えることになる。わたしより、ずっと若いのだから。でも様々な困難は、決して神があなたを苦しめるためになさってはおられない。むしろ、厳しい状況の中にあっても、神はあなたを強めながら、もっともっと、神との絆を深めることを、神は望んでおられるはずだよ」


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ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 その12

2012-03-01(Thu)
吾妻高原聖アンナ教会献堂20周年感謝記念

ブログ小説 「いつも、涙のそばに、君がいた。」 慈与恩

その12(12/15)


 季節は、婚礼の多い秋に入った。寺尾はいつものように、結婚式で挙式者に向かい、祝福の祈りをささげていた。そして、最後に、アーメンと唱え、祈りは終わる。このとき、寺尾は、始め違和感があった。口に言葉が乗らないのか、「ア」という言葉が、喉の奥にひっかかり、最初、スムーズに出ない感じがした。「ッアーメン」とか、 「ゥッアーメン」とか、一呼吸、こもるのだ。寺尾は、何故だろうと気になった。それが始まりだった。
 祈りは、寺尾の生活であり、大事な責務だった。その祈りを、最後にアーメンと唱え、「神に、この祈りが聞き届けられますように」と、お願いをする。会衆も、それに続いて、アーメンと唱え、「そのようになりますように」と、賛同する。その最初の、アーメンが言えないのでは、祈りに力が無くなる。そして、気にすればするほど、アーメンが引っかかり、うまく言えなくなった。そして、祈れない心の動揺が、寺尾を襲い始めた。

 その原因を、寺尾は考えた。思いつくことは、寺尾が事故を起こしたとき、
「何故、事故を起こしてしまったのか」と、自分を責め、
「神は、わたしの仕事を認めておらず、自分への罰として、事故を起こさせたのだろうか」と、今までの自信を失い、そして、「今の仕事を、神は、許してはおられないのか」という、いつも心の隅にある葛藤に火を付けてしまった。事故処理が、一段落し、心に余裕ができた、その隙間に、悶々と悩む苦しみが、寺尾の中で再燃した。
「アーメンが唱えられない牧師が、いるだろうか」
 寺尾は、毎日、「アーメン」が、きれいに唱えられるよう、礼拝堂で練習し、祈った。寺尾の思いは、今の状況をどうにかして変え、心から祈り、挙式者の幸せを強く願いたかった。その祈りは、半年以上続き、また不安を感じながらの、挙式が続いた。
 寺尾は、繰り返し思った。
「あの事故がなければ、この不安を味わうことはなかったのに。もっと気をつけて運転していれば、人に怪我させず、自分もこんなに苦しまずに済んだのに」
 そう後悔しながら、寺尾は、ひとつ、思い当たることに気付いた。

 寺尾は、事故の起こる二ヶ月前、一つの夢を見た。普段、夢を見ることもなく、ぐっすり寝ているのに、その時だけ、はっきりと覚えていた。それは、全く事故と同じ老女が、寺尾の運転する車の前を右側から自転車で横切り、寺尾がはねてしまう場面だった。寺尾は、変な夢だと思いつつ、そのまま忘れていた。ところが事故の起こる一週間前、全く同じ夢を見た。その時も、嫌な夢の繰り返しか、としか思わなかった。
 事故後、それに思い巡らす余裕はなかったが、苦しい心境の中、この夢を思い出した。
「神は、前もって、わたしに事故の起きることを知らせておられた」
「神の知っておられた事故である以上、神は、わたしに何かメッセージを託しておられたに違いない」
寺尾は、この夢解きをしたとき、神から見放されたと思った自分を、逆に、神は、自分を更に用いてくださる可能性を感じた。そう思ったとき、寺尾の体全身に熱い血が流れた。
「神は、わたしを見放されなかった」
 寺尾は、身体にみなぎる自信と勇気を感じた。
「苦しくても、辛くても、そこに意味がある。神は、わたしをよくご存知だ。わたしは、いつも、一人ではない。どんなときも、神は、わたしと一緒におられる」
 その時から、発声練習をやめた。挙式の時、「あるがままに祈ればいい」と思った。
「もし、それで不安なら、別な道があるだろう。出来ないことに心を奪われ、他のことまで出来なくしてはいけない。神は、自分の事、全てをご存知なのだから、何も誤魔化さなくてもいい。出来なければ、出来ないようにすればいい」
 心が、軽くなり、自然に唱えられるアーメンが、寺尾に戻った。


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プロフィール

司祭 ヨハネ 橋本光明

Author:司祭 ヨハネ 橋本光明
 Rev.John M.Hashimoto
福島県福島市にある吾妻高原聖アンナ教会の牧師・司祭。
出身地は、福島県いわき市平。
1947年(昭和22年)3月生。
日本聖公会仙台基督教会(宮城県)、鶴岡聖公会(山形県)、米沢聖ヨハネ教会(山形県)、二本松聖マリヤ教会(福島県)、福島聖ステパノ教会(福島県)の牧師および管理牧師、福島聖愛幼稚園の園長として勤務。
挙式組数が、3000組を超え、朝、夕の祈りに、挙式者を覚え、ご家族のご健康と、幸せを祈る毎日です。
モットーは、キリストが、十字架の死を通して、自己犠牲と無償の愛を示された。その愛を、自らも実践し、キリストの愛を、一人でも多くの人に伝えたい。

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